#1 永観堂 / Eikan-do in 2006

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When I arrived Eikan-do,it was 4 o’clock in the afternoon,so many trainee monks read a sutra aloud. In the sound of reading of the sutras,I could see many statues and TOuhaku Hasegawa’s drawing. It had an amazing and fantastic time. My freindintroduced me Eikan-do,and I went without preparatory study so I was surprised and really happy because I love his works!

幸せが何かわからない。

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実がならないまま、終わってしまいそうです、我が家のゴーヤ。おはようございます。吉野実岐子です。

昨日の続きです。ただ泣いてお母さんを待っている幼児のように、あの時に留まり続ける態度は、母に対する、子のあるべき態度ではありません。何歳になっても子は子、母は母なのです。

子供が母を母にします。逆ではありません。母を母にし続ける態度とは、母を自分よりずっと大きいすんばらしいものと捉え、自分はただ小さくある態度です。あなたが母に何をされていようと、母がいなければ、自分が生まれていなかったことを理解できていれば、誰からも教わらなくても自分から発せられる態度です。

いかなる事情があろうとも、母親から早くに引き離される経験をしていると、それが期間限定の一時的なものであっても、幸せはひどく痛みを伴うものになります。とても勇気のいる、痛い痛い道のりの先に、幸せがあるようになります。

なぜなら、母を見る度、あの引き離された痛みが呼び覚まされるからです。その痛みはあなたを「近づきたい対象からは、遠ざかろうとする」動きを生み出します。これは、言語獲得期以前のトラウマの一つです。

でもそれでも、母には何もできないのです。能力や思いとは一切関係なく、母は子に、本当に何もできないのです。子供であるあなたが、痛みを感じながら、それでも母を見て母に近づいていく、その先に「これが幸せなんだ」「と言える日々が展開します。

幸せが何かわからないすべての人が、このトラウマを持っています。つまりほぼ全員ですね。それは、あなたが勇気を振り絞って、母に近づくことで、解消されます。子供が母にすべき態度をとるとき、全体にとって正しい秩序が生まれ、それがあなたに、ポータブルな安全を保障していくのです。

母がわたしの母でよかった。

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プルーンは赤ワイン煮にしました。おはようございます。吉野実岐子です。

自分と誰かを比べたことはありませんか?実は、もうそれ自体が、あなたと母親の関係があるべき状態でないことを、表しています。

自分に責任を持ち、自分の母が自分の母であることに同意すれば、あなたは自分の母親といることで、幸せになります。「あの人のお母さんはいいな」と、比較をベースにした考えを持てません。「お母さんが今のお母さんであることが、苦しみのはじまりだ」と、代わりがあることを前提にした考えを、思いつけなくなるのです。

自分に責任を持たず、自分の母が自分の母であることに同意していないとは、目を瞑った状態です。盲目です。その目を閉じた状態でわたしたちが見るのは、わたしたちが持っている内なるイメージです。そして、内なるイメージをみるとき、喜びも苦しみも痛みも悲しみも、エンドレスになります。そして、そうしている時に、あなたはただ泣いてお母さんを待っている子供のように、そこに留まり続けることになります。成長は止まります。スキルは磨けても、人間としていびつになるということです。

それは、母に対してあるべき態度と真逆です。みなさんが、覚えておかないといけないことは、見たくないと思う方から、行きたくはない方から、本当の助けが来るということです。多くの人は偽の助けに向かって動き、また偽の助けに感謝し、お金を使い時間を費やします。しかしこれは、まったく無駄なことです。

お母さんがわたしのお母さんでよかったと、真に同意できている人は、全てが自分から始まるという責任を生きられています。そして、自分が自分以外の誰かだったらよかったとか、あの人がお母さんだったらよかったという発想は持てないのです。

今と同じか、悪くなる。

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梨や烏龍茶で体内の潤いUPに勤しみ始めたい時季に入りました。おはようございます。吉野実岐子です。

ジャッジするということは、過去の住人なんです。なぜなら、ジャッジはみなさんの記憶に基づいて、行われるだろうからです。

過去の住人であるとは、自分がバラバラであることを、意味します。ジャッジするのは、自分を安全にするためでしょう。でも、今にいるはずのあなたが、過去に心身を置こうとするのは、その意図とは裏腹な結果を招きます。より自分をバラバラに、より自分を危険にするのです。より病や死や失敗(敗北ではない)に近づけてしまうだけなのです。

さらに、ジャッジしていると、過去の延長以上の拡がりは生まれません。だから、真っ白なはずの未来が、今と同じか、今より悪くなるかの二択になります。より病や死や失敗に、自分をおいやっていく未来に、不安しか感じないなら、それは正常です。

こういう状態にある人は、100パーセント母親との関係がねじれ、こじれています。もちろん、あなた中心にみれば、そこには深い悲しみが横たわっているでしょう。そして、その悲しみこそ自分だと、悲しみと同化しているかもしれません。しかし、より高みからみれば、そんなあなたが傲慢です。

いたずらっ子

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プルーンを入手できました。おはようございます。吉野実岐子です。

あなたの中のいたずらっ子が、あなたにいたずらしてくることがあります。あんなに確認した日程を間違えていたり、楽しみにしていた予定をすっぽかしたりするのです。

そんなとき、自分の計画よりずっと全体にとって適切な流れに入るために、自分の中のいたずらっ子がいたずらを始めたと考えると、今まで見ようともしなかったことが、見えてくるでしょう。

いたずらっ子は、意思をうまく表せなくて、いたずらします。こっち向いて欲しいから、風船をパーンと割ったりするのです。好奇心からカメラのズーム機能に指をつっこむのであって、壊したいなんて、思ってはいないのです。いたずらっ子にどんな純粋な思いがあったのか、耳を傾ける必要があります。

翌日になっても反省を続けるなんていう、自分を過去にくくりつけるようなことは、自分を中心としたつまらないことです。自己満足です。

自責より創造に入りましょう。単に自分に好奇心を向けてみましょう。あの予定を経験を失ってしまったと発想して、自分を過去にとどめるより、空いたスペースを大事にするのです。

伐採後、なにもなくなったから何か植えようとするより、自然に生えてくるその土地の植生を信じた方が、その土地の木や虫といった生態系のためになるそうです。

同じように、失ったと捉えて、そのスペースを埋めようと躍起になるより、そのスペースを思い切って受け入れ、その真っ白ぶりに好奇心を向けてみるのです。そうすると、創造が始まります。無理に植える良さげな木でなく、自然とあなたというシステムが欲するものが、生まれでてくるのです。

いいタイミングで、すっぽかしたものがある方は、ぜひ好奇心を使って、創造へと自分を導いては、自分を安全にしてあげてくださいね!

楽しみが伸びたんだ!

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名張のお盆は、一部屋をご先祖様用にし、ひな壇があるような華々しい飾りつけで、驚きました。その部屋だけ、外から丸見えにしてあるんです。おはようございます。吉野実岐子です。

なにかが予定通りでなかったとき、自己否定すると、余計に悪循環に陥り、その状態は長引いてしまいます。

やろうと思っているのに、本当にそう思っているのに、手が届かなかったら悔しくなってしまいますね。そうしたいのにできないことが続くと、気持ちの置き場がなくなりますね。

でも、そんなとき「自分はダメだ」「なんでこんなことになったんだ」と自己否定してしまうと、世界から切り離されてしまうのは、あなたなんです。それは本物の孤独です。川の中洲のように、近いのにうんと遠いのです。

分離を生きるとき、100パーセントわたしたちは、穢れを生み始めます。そうすると、より孤立したり、堕落していくのです。

だから「そんなときはこんな風に考えるといいよ」とクライアントさんに提案しています。

できなかったこと・手の届かなかったことは、あなたの大好物のあの食べ物と同じです。食べたくてしょうがないものを、とっておいても腐らないとして、チョビチョビ自分のペースでいただけたら、うれしくありませんか?「楽しみが伸びたんだ!」と思いませんか?

いただくとき「あーやっと食べられる。しかも腐らないから頑張って食べ切らなくていい。」と思うかのように、できなかったこと・手の届かなかったかとに向きあって、次にすすんでいくのです。

「少しずつしか進めない」んじゃなく、「あの大好物がまだたっぷり残っていて嬉しい。楽しみが伸びたんだ!」という気持ちで、できなかったこと・手の届かなかったことに、向き合ってみましょう。自分を支えることができます。やってみて下さいね!

大都市では、窓は閉める。

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おはようございます。吉野実岐子です。

大人になると、随分記憶は増えます。そうして、その記憶こそが自分だとidentifyしてしまう人も、大勢います。

そうすると「今は違うけど、昔は自然の風は気持ちよかった」と思っていたつもりが、いつしか都合の悪い部分だけ消されていくのです。(「否認」といいます)そうして「自然の風の気持ち良さは、今も変わらない」と、歪められていきます。

そうすると、せっかく身体で正しく感じていた、気持ち悪い風を、室内に取り込んでしまうようになります。大都市という人口システムは、自然とは全くシステムが違うことに目をつぶり「ほら、バッタがいた」「カモが飛んでる」「ひぐらしだって鳴くじゃない」と、ここは人工的な場所でなく自然の一部なんだと、自分に暗示をかけていきます。

そうすると、大掃除をして、窓を開けはなって「ほら、清潔な空間のできあがり。自然の風が気持ちいい〜」なんて思ったりできてしまいます。自分に大嘘をつけるように、なります。

窓を開け、けがれた汚い気持ち悪い空気を思い切り取り込んだ段階で、せっかくの努力である大掃除は、泡と化します。が、感じたなにかを「きっと年のせい」「ストレスでしょ」と、塗り込めていくのです。きれいなお皿を下水で洗うようなものです。

まずは、過去の記憶や期待から来る思い込みで、せっかくの大掃除という努力を無駄にしていることに、目をひらかれたらと思います。 

そして、そんな風に自分に嘘ばかりつくと、不安は大きくなることを、お伝えしておきます。さらに、不当にがまんばかりしていると、いつも恐怖を感じるようになります。

東京23区はもちろん、京都市のような大都市では、窓は締め切りましょう。それが嫌なら、華やかさやゴージャスな生活に憧れる自分の欲を超えて、田舎に移り住むことです。その欲をすんなり超えられるかどうかは、実はあなたの母親への態度に表れます。

もはや、大都市からは、移住でなく避難しなければならない時代になったことを、きちんと身体感覚で感じて否認しない人は、理解できるでしょう。

回り道?

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夜は鈴虫、昼はツクツクボウシが鳴き始めました。おはようございます。吉野実岐子です。

スケジュールが狂ったり、パートナーとの間で意見の相違から話がなかなかまとまらないと、わたしたちは「回り道をした」と解釈したりします。

でもよく見ると、それは忘れ物を取りにいけるかけがえのない機会だったり、思いがけない再会に心を熱くできる抜け道のような時間だったりします。

かけ違えたボタンを、壇上で堂々と直せるような、あるべきに戻ろうとする動きを尊重し、あなたという小さなパーツを全体に振りかざす、その抵抗の方をゆるめてみませんか?

そうすると、回り道にみえる状況やそれを後押しするかのようなハプニングは、普段なかなか扉が開かない領域で統合を深めていける、ありがたい慈愛に満ちた時間だったことを、祝福されていたことを、受けとっていけるのではないかと、思います。

回り道が実は近道で、変更を重ねたスケジュールが本来のスケジュールだったのです。それを遠回りと解釈したあなたの方が、器が小さく、自分中心だったのです。

【お申込みは 8/26(金)まで】WS「あんぜん3部作 第1部:はじめに母がいた(オンライン)」

今日でお盆があけますね。おはようございます。吉野実岐子です。

チェルノブイリ以後、いえ、もっと前からですね。わたしたち人間は、途方もないものさしを持つようになりました。それは、放射性廃棄物が安全になるまでの10万年という単位です。人は10万年後に責任を取れる怪物になりました。

今から1万年前、まだマンモスがいたといえば、そのスケ-ルが身に余るものだと、骨の髄まで響くでしょうか?この一万年は、地球史上気候が一番安定していた時期だそうです。人間は、その安定していた気候をついに不安定にしてしまいました。これが人間の「力」でしょうか?で、その先に何があるのでしょう?

怪物は危機管理の時間軸を短くし、想定外を生み出しては、金太郎飴を切るように、不安定を量産します。今から6年前、この日本で起きたことは、貞観地震(869年)を知っていれば、想定内だったと言われています。安全神話を支える危機管理のものさしは、貞観地震に届かぬ短さでした。

安全神話でなく、実体のある安全を生きるには、どうしたらいいのでしょう?ワークショップ「あんぜん3部作」では、いつでも持ち運べる安全を提示し、そこに至る3つの道筋を、あなたの内に拓きます。第1部はオンラインで開催しますので、居住地を選ばず、ご参加いただけます。

 ~WS「あんぜん3部作 第1部:はじめに母がいた(オンライン)」~

□ 日 時:  ~年内で他に希望のある方は、お申込みフォームからご提案下さい

  • 8月27日(日)午後2:00~午後4:00
  • 8月27日(日)午後8:00~午後10:00
  • 9月1日 (金)午前9:30~午前11:30

□ 場 所: スカイプ上(有線LAN接続必須)

□ 対 象: ~以下に一つでも当てはまる方~

  • 安心感は要らない。どかっと安心したい。
  •  落ち込む時期/落ち込むパターンを発見している。
  •  小さなことだけど「どうしてもできない」ことがある。
  •  適量や適宜がどこか、わからないことがある。
  •  物を買いすぎて困ったことがある。
  •  「今の地球はちっとも安全じゃない」と気づいてしまった。
  •  「どこにいても自分や家族を安全にする」スキルが欲しい。
  •  なぜか繰り返すことを、今度こそ紐解きたい。
  •  やる気になるまで、待つことがある。
  •  やりたいしできるはずなのに、できない自分が不思議だ。

□ 定 員: 各回4名まで
参加費: 12,000円

▼ 〆 切: 8月26日(土)午後9:00 (年内の新しい日時の提案も、この日まで)
▼ お申込みはこちらから: https://ws.formzu.net/fgen/S86985973/

~ ご協力お願い申し上げます ~

治療が必要な方(喫煙や飲酒の常習・共依存の状態含む)は、ご利用頂けません。プレゼント利用の際は、守秘義務に同意したものとみなします。複数で進めますので、静かな環境づくりにご配慮ください。お申込み後のキャンセルは、一切承りません。参加費が発生します。お申込み後の日程変更は、新たな日程提案(2017年12月31日までが対象)も含め、二回まで可能です。

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3部作になっていますが、単発で受けても、どの回から受けてもOKです。3部すべて受けると、相乗効果があるように作ってあります。すべてお受けになった方には、3回目終了後、オーガニックの高品質な精油でつくった「あんぜんブレンド」を、お渡しします。日常に確かな安全をもたらすことを支えてくれる、即効性がある精油です。

みなさまのハートにこのワークショップが届き、このワークショップが本質を受け取りたいみなさまのお役に立てることを、祈っています。

ちなみに、最近は巷でコーチングというと、ソルジャー育成感バリバリだそうですね。、わたしの提供する全サービスは、ソルジャー育成のあの感じとは程遠いです。何と言っても、主催者ががんばっても「機敏なアザラシ」くらいにしかならない、のんびり屋です。

共生を生きる「アザラシ」は、ソルジャーを成立させる、破壊と支配という文脈は生きません。ソルジャーがもたらせるのは、安心感であり、安心そのものではありません。ソルジャーに危機離脱はもたらせても、安全をもたらすことはできません。

【お盆休みのお知らせ】

おはようございます。吉野実岐子です。名張では、お盆に入ってから、急に過ごしやすく、空気がうつくしくなりました。

ワークショップ「でも、人生はうつくしい!」のフォローアップ第一回目も終わり、ご先祖様へのお供え物をしたり、お線香を焚いたりと、スペシャルな時間を過ごしています。

このブログも、お盆休みを頂きます。こちらは次回ワークショップで使います♡

お盆休みが明けたら、次回ワークショップのお知らせを、こちらでもお伝えします。みなさま、どうぞご家族やご親戚と、いのちへの敬意に満ちた、ご先祖様に感謝を手向ける時間をお過ごしください。

足の親指だけでも。

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いただいた後のやまももの種、植えてみました。おはようございます。吉野実岐子です。

運動が苦手だったり、怪我の経験がある方はもちろん、そうでない方もぜひ簡単な運動を当たり前にしてみて下さい。ジムやプールやスタジオに行かなくとも、0円でもできます。

例えば、仰向けに寝た状態で足指じゃんけんをするだけで、足首はしまります。同じく、寝た状態で膝裏を床に近づけるように力を入れるだけで、太もも前面の筋肉(大腿四頭筋)のトレーニングになります。膝下にタオルなどを挟んで行っても、OKです。そのまま、ゆっくり左右を順に向けば、首のストレッチになります。

これなら暑くて疲れ果てた日にも、年齢を問わず、つい続けられませんか?お子さんをあやしながらでも、できませんか?

他にも、トレーニングからはずれますが、座ったり立っているとき、足の親指を動かすと、気を下げることができます。概して、夏は気が上がりやすいので、みなさんやってみてください。

たった一箇所の小さな動きでも、筋肉を育てたり、身体の使い方を大きく変えていけます。気を楽に、身体を面白がっていきましょう。

夏の救世主。

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品川エキュートで、ほうじ茶のテイクアウトができて、ほっとしました。おはようございます。吉野実岐子です。

京都に来て知った、夏のわたしの身体に合うものに、ピーマンとまくわうりがあります。京都のピーマンやその仲間である万願寺とうがらしなどは、本当に他地域のそれと比べ、群を抜いておいしいので、京都にいらしたらぜひ召し上がってみて下さい。

まくわうりは、わたしにとってはもはや夏の救世主レベルです。きゅうりや西瓜だとお腹が冷えすぎて、お腹の中だけしんしんと雪が降っているかのような感触になってしまうのですが、まくわうりだとちょうどよく暑さが落ち着くのです。

京都では無農薬の物を頂けて、本当に絶妙なあっさりとした甘さで、ご馳走だったなと今でも思います。オーガニックや無農薬のまくわうりは、温暖化で今ではあまり育たなくなっているはずです。

三重に来てからは、水田に囲まれているからか、年間を通して湿度は高めで、湿度こそが暑さの原因だと叩き込まれました。そして、今年は早々に湿度にやられてしまい、7月半ばからクーラーを入れるという、わたし史上前代未聞の状態でした。まくわうりやお粥でだいぶ回復した後は、仕上げに二回も鰻屋さんに行って、落下したような状態から、低空飛行に戻しました。低空飛行ならとりあえず飛んではいますからね。

どうぞみなさんも、ご自愛ください。西日本の方、まくわうりが手に入りやすいかと思います。かつて東京から遊びに来てくれた友人が、その後何度も「まくわうり本当においしかったね~」と伝えてくれるほど、身体に優しい味です。

Categories

I think that being categorized sometimes confuse us much more than in the past. When I go to a shoe shop, I am always annoyed by shoe categories.

I think that all shoes should be categorized by foot shape and size. If so, I just need to go to some specific foot shape corner which matches my foot in the footwear department. Then I just simply select my shoes by design or use. It will shorten my shopping time until I find my shoes. So I can go home very quickly.

But now all shoes are categorized by use, brand, men’s, women’s or children’s. I can remember some brand names which have a suitable shape and size for my foot. But sometimes a favorite shop closes. So again I feel astray looking for shoes.

Categories should be simple and help to find something which we are seeking. Don’t you think so?

ダメ→つまらん。

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ホワイトシチューに、枝豆や鶏の挽肉や生姜を入れてみたら、おいしかった♡ おはようございます。吉野実岐子です。

自分を追い詰めてがんばる癖をつけてきた方は「それじゃダメだ」と、発想しがちです。しかも、この方法である程度、結果や成果を出せていると、このパターンから抜けるのに、時間を要します。

だから、とりあえずそんな時は、ダメをつまらんに変えてみることを、すすめています。「それじゃつまらん」にするのです。そうすると、張り詰めた余分ななにかが、プシュッと抜けていきませんか?

「それじゃダメだ」は、めっちゃ深刻な匂いがします。どーんと重くなりませんか?目の前にシャッター下りたようになりませんか?

「それじゃつまらん」だと、軽やかになり、動きがうまれ、淀みから解放されませんか?自然と面白くする方へ、レールが敷かれますので、創造性をつかう人間らしい道へ、誘われてしまいます。

お子さんにも「ダメじゃないよ。ただつまらないかな〜。一緒に面白くしない?」と、声かけてみてくださいね。