どうしようもなく忙しい週は。

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スノーピークの製品は、作りがしっかりしているなと思っていたら、三条(新潟)の職人さん達の力の結集だそうです。おはようございます。吉野実岐子です。

どうしようもなく忙しい週、ありますね。何をどう動かせばいいか、打つ手がないような、自分のキャパシティ目一杯の週です。心の開閉も、うまくいかなくなりやすいでしょう。

そんな時の食事については、クライアントさんに、こうお伝えしています。まずは、よく噛むことです。忙しい時は、気持ちに余裕がなくなり、消化器に影響しやすいものです。だから、消化器の負担を軽くするためにも、よく噛みましょう。

次に、発酵食品をとりましょう。コーヒーより味噌汁、クッキーよりしょうゆせんべい、アイスクリームより甘酒です。発酵食品はなかったはずの力を倍にして、ゼロだったはずの余裕を少しずつ生んで、キャパシティぎりぎりで踏ん張り続けることを、助けてくれる感触があります。

身体全体に心があると感じていたら、心だけオープンハートを目指したり、引きこもって心を閉じるのではなく、こんな風に身体全体で調整していくのです。

わかってくれない≠つながれない

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ワークショップ「Heart Opening Moments」では、外でも時間を過ごすため、名張のある伊賀地方のお水なども用意し始めています。おはようございます。吉野実岐子です。

ハートを通さないコミュニケーションが当たり前となってしまい、つまり基礎を違えた状態でだいぶ経つ方は「わかってくれない」「わかってあげなきゃ」に佇みます。そして、それを思いやりと誤認します。

しかし、わたしたちは本来、お互いにいわば宇宙人同士です。全然違うのに、共通点を大量に見つけることができちゃう奇跡を、日々目の当たりにしているのです。そこから、その奇跡の方に寄り掛かってしまうと、コミュニケーションの基礎が成ってない状態の上に、色々積み上げていくことになって、いくら注意深く積み上げても、全部がピサの斜塔みたいに傾き続けて、あなたは嘆くことになるでしょう。

宇宙人同士、大切なのはただ存在を認め合うことです。「あなたはここにいるんだね。わたしはここにいるよ」です。それがハードなら「あなたはここにいていいよ。わたしもここにいていいよ」と思って頂いても構いませんが、その存在を認め合うのです。

「これができるんだね」「そんなにできてすごいね」と技能を認め合っても、「それができないと、ここにいちゃいけないのかな」という思いが芽生えるだけでしょう、ほとんどの方にとっては。首から上だけで「わかった」「わかってもらえた」とジャッジしている内は、あなたはバラバラです。首から上だけで物を言われても、こわいだけです。ですから、どんなに「わかってあげなきゃ」と頑張っても、つながれません。

コミュニケーションというのは、どの国でもどの星でも、ハートを通して初めて成立するのです。

心は宿すもの。

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おはようございます。吉野実岐子です。

心というのは、宿すものです。つまり、その宿す場所いかんで、心は溢れ出たり乱れたりします。

アルミホイルの上にワインを注いだら、溢れ出て当然です。心が荒れ狂うじゃじゃ馬のようになるなら、心の宿る場所を見直しましょう。醤油皿の上に、鯛を載せたら落ちて当然です。心もとないなら、心の宿る場所の広さや深さを見直しましょう。

では、心が宿る場所とはどこでしょうか?身体以外にほかありませんね。

どんなに素敵な心を持ちたくとも、宿す場所がそれにふさわしくないなら、不可能です。宿っている心をどうにかしようとしても、見ることも触ることもできません。一方、身体は物理的に存在し、みなさんが気づかないだけで、刻々と変わり続けています。

触れないものより、物理的に存在するものへのアプローチの方が、簡単ではないでしょうか?思いを健康的に生かしたいなら、宿す場所である身体へアプローチしていくと、変化の過程に調和が生まれやすくなります。

【募集スタート】5月5日(土・祝)ワークショップ「Heart Opening Moments」(名張)

最近、ベランダにモモブトハナアブの仲間が来ます。おはようございます。吉野実岐子です。

半年以上ぶりに、対面のワークショップを開催します。東京など都市部では、むしろ心身に負担のかかるワークが、名張でなら可能です。そうしたワークは、するんと本質に辿り着けて、効率がいいのです。新緑の季節です。外でのワークもみなさんにとってプラスに働きます。山笑う中、澄んだ川や広い空や色とりどりの草花にも触れて頂きます。拡がりゆく柔らかくもダイナミックな極上の時を、お過ごし頂けます。

どうしてもタイトルが英語で出てしまったのですが「心がひらく瞬間」です。心は身体全体に宿り、目に見えません。ですから、身体が縮むような空間で心だけひらくという、都市部で行われがちなセミナーは実のところ、虚をつかむ行為です。また、身体が縮んだまま、心だけひらこうとすると、身体全体は一層バラバラになり統一感を失います。

部品の寄せ集めである機械に近づいた状態で、Wholeness(全体性) は生きられませんWholenessを生きられないなら わたしたちは尊厳を失う他ないのです。Wholenessを生きられない都市部では 何でも価値に還元したがります。あの発想を生む心身はバラバラで仮死状態です。

心はひらくだけでなく、とじることも大切です。しかし、思い込みや刺激や恐怖で自動的にそうなるなら、バランスを崩しています。自然と好奇心が湧くはずの場面で、自動的に警戒心が働いているでしょう。そうであるなら、自然と調和した人の本来の姿に戻っていくだけです。

ワークの一環としてお食事もこちらで用意し、今までにないそもそもみなさんが想像すらしたことのない体験をして頂きます。喜びからの驚きを体験している内、自然と深い変容が始まってしまう理に適ったたワークショップを、みなさんにお届けできることがうれしいです!


~ 5月5日(土)ワークショップ「Heart Opening Moments」~

◆ 日 時: 5月5日(土・祝)午前11:00~午後18:00
◆ 最 寄: 名張駅(近鉄特急停車駅 大阪から50分 名古屋から90分)
場所の詳細は、ご参加の方にお知らせいたします。
車でお越しの方は、無料で駐車場をお使い頂けます。
伊丹空港からは「リムジンバス+近鉄特急一本」で到着します。

◆ 対 象: 以下にひとつでもYESの方
□ 少ない語彙で豊かに表現したい
□ 人と絆を結べるようになりたい
□ ハートが自然とひらく感覚を経験したい
□ ノンバーバル・コミュニケーションを磨きたい
□ コミュニケーション力を高めたい
□ さびしくて、自分に負けてしまうことがあった
□ なれ合いや依存でない、人とつながる体験をしたい
□ 自分の本音に添い、乗りこなす術を知りたい
□ 誤解されたと思う経験がある
□  傷や恐れからではなく、健やかに人とつながりたい
□ ケアすることで人とつながる癖から、卒業したい
□ Wholenessを生きたい

◆ 参加費:25,000円
◆ 定 員:4名先着順
▼ 〆 切:4月29日(日)夜21:00

▼ お申込みフォーム:https://ws.formzu.net/dist/S86985973/

~ キャンセレーションポリシー ~
お申込み後のキャンセルには、一切応じません。お受けにならずとも参加費はそのままお支払い頂きます。治療が必要な方(喫煙や飲酒の常習だけでなく、共依存の状態を含む)は、ご参加いただけません。これまでに頂いた感想は https://goo.gl/QA6tm5 からご覧下さい。


求めることすらしなかった喜びを体験していただいて、後から「これをずっと求めていたんだ、これが欲しかったんだ、わたし」と言っていただけるワークショップに仕上がりました。ぜひいらして下さい!

鹿児島でであった「調和とは何か」を伝えてくれるものも、ハートを開いたり閉じたりする本意をみなさんに経験させてくれると思うので、当日ご用意いたします。パウダーのシナモンが苦手な方は、シナモンティーにショックに近いうれしい驚きを感じられることと思います。

A Beautiful Way of Life

I finally visited my great-great-grandparents’ grave in Himi City, Toyama. It took almost six hours each way. But It was worth it. In fact it was very fulfilling and more fantastic than I imagined.

I met my great-grandfather’s older brother’s grandson, my great-grandfather’s older brother’s great-grandson, and his wife. They are in the main branch of my family and will be the last because their daughter get married. But my great-grandfather’s older brother’s grandson still has the look of my great-great-grandfather, so it made me feel that I had already met him. His eyes and his way of standing was very similar to my great-great-grandfather. My great-grandfather’s older brother’s grandson was already over eighty. But his posture was very beautiful and hale like fifty. It was very impressive.

They welcomed me as if we had already met, with an open and warm heart. They took me to a Japanese restaurant and I ate a full-course fish meal. We spent a long time having lunch like the Spanish or Italians do. And all the fishes were so sweet and melted in my mouth, because it was very fresh and mindfully cooked. Everything I did there was a deeply healing experience as if I became free of vague tension. I felt deep relief which was similar to the moments before dozing off.

I was also glad to know that my relatives lived in a clean way and in harmony with nature. They were humble and proud of where they grew up. I could see lands in which my ancestors had lived since the Edo era. It was a truly profound and palpable experience as if I could touch my roots. It made me relax. Also the fact that they had been good stewards to their land since the Edo era filled me with appreciation. I could see the beauty in their way of life through getting in touch with my roots.

向かうべきに向かえないから、責める。

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単発コーチング、今夜21時が〆切です。おはようございます。吉野実岐子です。

向かうべきに向かえていないと「責める」という態度が日常化します。他人を責めるだけでなく、自分を責めます。自主性の欠落として、罪悪感を感じ続けます。

責めている人は「だって、こうだから」と理由を述べたがりますが、その理由ゆえではないのです。人が落ちたから、サメが遠くから高速で泳いできて、人をたべちゃうのではなく、サメがいる海に人が落ちたから、人がたべられちゃったのと同じです。もともと、責めるという態度があって、それを自覚していなかっただけです。

そういう方は、まず親に向かえず、親の存在そのものを受け取ることができていません。親のしたこと・言ったことではなく、存在を受け取る必要があり、それが向かうべきに向かえている状態ですが、親のしたこと・言ったことに反発して、広い視野を失っては、痛みという場所に導かれているのが、責め癖のある方です。

ポイントは、向かうべきに向かえていないと、ご本人が死に向かい、なおかつお子さんがいる場合は子供に向かうこととなり、今度はみなさんのお子さんが、親であるみなさんに向かえなくなるという連鎖を生んでいく、つまり未来に恐れしか置けなくなるという点です。

向かうべきものに向かわないという、理に適わない態度が、幸せや健康を連れてくることはありません。逆に言うと、ただ向かうべきに向かえば、幸せや健康がごく当たり前のものになるということです。

エネルギーをぶつける?

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穀雨の単発コーチング、明後日でしめ切りです。おはようございます。吉野実岐子です。

エネルギーを感じるのではなく信じる人たちは、エネルギーを物のように捉えています。例えば、机の上にあるリンゴが転がり始めたとしても、その横にある本はそのまま在るように「この二つは(一見すると)関連がないのだ」という捉え方をしています。

しかし、実際に感じてみると、そこにはいわば目に見えない情報のネットワークがあって、情報がやり取りされて、その結果、わたしたちの目に明示的に見える現象とそうでない現象があるだけだと、判ります。

例えば、エネルギ―を物のようにとらえる、つまりエネルギー信者は、誰かが誰かにエネルギーを一方的に、ボールのようにぶつけたりできると考えています。例えば、ドッジボールを相手にバンと強くぶつければ、相手が倒れることもありますが、そうやって、ボールをコントロールして、相手を倒すことができると考えています。もっと明示的な言い方をすると、エネルギー云々によって、加害者/被害者や、支配者/被支配者という構図を生めると考えています。

ところが、誰かが誰かにエネルギーをぶつけたかのように解釈もできる動きをして、相手が倒れることがあるのは事実ですが、よく見るとそれは、自分の力で相手が自発的に倒れていたりします。そこで倒れてバランスを崩すことで、身をまもっているだけだったりします。つまり、誰かから何かの作用があったのは事実でも、そこで倒れる倒れないは、自分の力量いかんで、その力量自体は変更できるという表現の方が、ほんとうに近いでしょう。

仮に上のような経験をして恐いと思ったとして、それはそうやってバランスを崩さざるを得ない方向に向かったこと自体が、向かうべきに向かえなかった自分を切り取っていて、その瞬間のそういう動きを恐いと認識しているだけです。この場合については、自分の力量(ちょっと言葉がちがいますが、便宜的にこうしておきます)をあげていけばいいだけです。そして、何より大切なのは、感じないで信じること自体が、向かうべきに向かっていない態度であるということです。

生きているのが恐い?

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おはようございます。吉野実岐子です。

集中力が高い場合、気を付けないといけないのは、その向かう先です。「こうなったらどうしよう」「ああなったらどうしよう」と悲観的な解釈ばかり連ねていると、その高い集中力がぐっとそっちに向かいます。

対策をしておくことはOKなのですが、集中力が高い場合、そのためのシュミレーションなどを始めると、心身は現実には起きていないその状態を実際に経験し始めてしまいます。そうすると、心身はそれだけのダメージを受けることになって、交感神経優位のまま、覚醒状態が続き、身体はまるでぎゅっと絞られた雑巾のようになります。

これは、トラウマを抱えた人と極めて似た状態にはいることになります。そして、この状態では「生きているのが恐い」と感じるようになるでしょう。それは、冒頭に書いたように「向かう先」が間違っているからです。向かうべきに向かっていないからです。

わたしたちは、死に向かって生きるのではありません。生に向かって生き続けた結果、死がふと訪れるのです。植物が体現しているように、生きている間中、生きよう生きようとするのが、正しい在り方です。

恐れと畏れ。

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おはようございます。吉野実岐子です。

昨日の続きだと思って読んでいただけると、いいでしょう。

恐れとは、向かうべきに向かえていないときに、気持ちとして上がってくるものです。が、同じ音でも、恐れと畏れは全く違います。

畏れはむしろ、向かうべきをきちんと認識できているところから、上がってくる気持ちです。

自分が生に向かっているという認識がなく、死に惹かれると、それは恐さになります。死は本来、私たちが向かうべきものでは無いからです。もちろん、みんないつか死にますが、例えば、死に惹かれる赤ちゃんがいたらぎょっとするでしょう?そういうことです。(死に惹かれる老人にも、ぎょっとしてくださいね!)

正気に溢れるもの、つまり迷いなく生に向かっているものに、畏れを感じるのは当然です。あるいは、神様のような清さに、畏れを感じるのは当然です。向かうべきをきちんと認識させられるからです。

穢れに触れて恐くなるのは、向かうべきでないものに向かった瞬間だからです。向かうべきに向かえていないと、あなたのたましい(便宜的にこう書きます)が恐さと言うサインを出して、あなたに教えてくれるのです。恐さは、そうやってあなたを深く支えているのです。

向かうべきに向かえないケース。

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今週末で、色々流れが変わりそうですね。名張市の市長選も今週ですが、まだハガキが届きません…おはようございます。吉野実岐子です。

「向かうべきにに向かえない」を表す、日本での実例としては、親が「宗教」に帰依しているケースが挙げられるでしょう。子供は、親に向かいます。お父さん・お母さんは特別という心理状態にならないと、身をまもれないため、子供は親に向かいます。

ところが、親が深く「宗教」に帰依していると(一見すると宗教でなくても、構造からして結果的に「宗教」になっている場合を含む)、親に向かってくる子供に対して、親は「宗教」へ向かうことを促すことになります。

それは、子供にとって、壁によりかかったつもりが、のれんによりかかっていたという感覚を生みます。驚きますし、痛みも感じます。そうすると、子供は親に対して深い安心を抱けなくなり、そこから向かうべき他のものにも、素直に向かえなくなります。だって、のれんかもしれないと思ってしまうからです。

経験した驚きが大きかったほど、自分の中でその時の感覚を消化しきれません。そのまま大人になると、親に限らず近づきたいものに、ある程度近づくと今度は遠ざかるという動きを繰り返してしまうようになります。例えば「これがいい」と思った仕事をある程度続けても、あるところから続けられなくなったり、「これがいい」と思ったことに真摯になれずに、「影響され過ぎているんじゃないか」のような奇妙な発想を始めるのです。そして、何年たっても、宗教と宗教ではないものの区別をすることが叶わず、この点について迷子のようになります。近づきたいものにある程度近づくと、遠ざかってしまうため、リーダーシップの発揮も阻害されます。

そうすると、結果的に何も成し遂げられずに、主観的には引きこもっているような状態に入っていきます。ブレーキがいつも不必要に踏まれ続けているのですから、自分自身を疲弊させて傷めてしまうことになるのですね。

【募集スタート】穀雨の単発コーチング「恐れに頭を垂れる」

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例年より早い新緑の時、みなさまいかがお過ごしですか?おはようございます、吉野実岐子です。

一気に背伸びした本州は、沖縄の気温にたどり着き、半袖ファッションで、お揃いの日々となりました。

急かされて咲き不本意に散る桜は、よれよれで辛そうで少し先の人間の子供の未来を示すかのようでした。正確には時季を異にする花々が共演してしまい、百花繚乱となった天国のような風景に、色濃く迫る死を感じました。

そんな天候ですから、ますます混乱しやすく、気持ちも発言も入り乱れ、混乱パーティの毎日になっていませんか?怒りや恐怖を感じている人の多さは、想像に難くないです。

せっかくでてきた怒りや恐怖やパニックなら、忌み嫌ってそこから力を奪うより、そこに活力や意義を見出していけます。すべてはただリソースで、料理人の腕次第というわけです。

特に、長いこと繰り返しでてくる恐れをお持ちの方、今回募集する単発セッションに、ぜひお申込みください。長いこと繰り返すと、わたしたちはその正体を見極めたり、やっつけたりしたくなりがちです。しかしまた、恐れもあなたを深く支えるものです。

同時に、向かうべきに向かえないと、それは恐れという感情になります。比較的浅い程度で向かえないなら、怒りやパニックで済むといえるでしょう。すなわち、向かうべきに向かえる道筋さえつければ、その恐怖は解消されていくのです。決して、何かがあなたを恐れさせているわけではないのです。

向かうべきに向かえていない人生を送っていると、恐れはあなたに知らせてくれているだけです。それが腑に落ちると、深呼吸できて、頭が軽くなり、身体の捩れもほどけますよ!


~ 穀雨の単発コーチング「恐れに頭を垂れる」 ~

▼ 日 時: ※ 新日程提案(~5月13日)もOK ※

  1. 4月20日(金)午後1時~2時15分
  2. 4月20日(金)午後8時~9時15分
  3. 4月21日(土)午後2時~3時15分

▼ 対 象:~ひとつでも当てはまる方~

  • 正しい意味で、メンタルを強くしたい
  • 強いストレス下で、決まって出てくる恐れがある
  • ストレスがかかると、いつも出てくる怒りがある
  • パニックにならないように、予定を組んでいる
  • 恐れることを、恐れている
  • 怒ること/怒られることを、恐れている
  • パニックになることを、恐れている
  • 上に書かれた「向かうべきに向かう」の意味が解らない
  • 「わたしは何を恐れているのか?」と考えてしまう
  • 恐れが自分を深く支えていると聞いて、正直驚いた
  • 「何かが自分を恐れさせている」と思ってきた
  • 怒りや恐れやパニックに、活力と意義を見出したい
  • 全体性(Wholeness)を生きたい
  • コーチングを試したい

▼ 手 段:スカイプ or 電話
▼ 参加費:30,000円
▼ 定 員:3名
▼ 〆 切:4月15日(日)夜21:00

▼ お申込みフォームと注意事項はこちら:http://globalflowering.com/spot_coaching.html

~ キャンセレーションポリシー ~
お申込みと共に、キャンセレーションポリシー適用となり、お受けにならずとも、セッション費はそのままお支払い頂きます。お子様の急な発熱・弔事・天災によるライフライン断絶時などには、日程を調整して、対応しています。過去にクライアントさんだった方についてはお子様と一緒のコーチング・お子様へのフィードバックも承ります。これまでに頂いた感想は http://wp.me/p2ZjtS-9L5 からご覧下さい。


恐れは懐の深いお母さんのような存在です。差し出してくれている活力と、あなたの人生の意義を、頭を垂れながら受け取ってみませんか?

あなたの中にある、神聖さ。

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島根を始め中国地方のみなさん、大丈夫でしょうか?おはようございます。吉野実岐子です。

人が機械と違うのは、その奥に本人も知らない神聖さが存在しているところで、それが部品の寄せ集めである機械にはなしえないWholenessを生み出す要だ、という表現が可能だと思います。

この神聖さは、いつも自分からはじめていくことで、みなさん自身が徐々に感じとっていける、内なるスペースです。いつも自分からはじめていこうとすることは、自分を責め立てあげる乱雑さの真逆に位置する、奥底にある自分のやわらかさや柔軟性を伴う神聖さに触れていける、大事な習慣です。つまり、責任をとるとは、自分の神聖さに触れ続ける時の流れの中に在れるということです。

神聖さにつながれなくなっている方は、自分のために祈ることから始めてみてください。自分のために祈る、それは宗教的な行為という信念体系の中に押し込められる窮屈さの真逆に位置する、どこまでも伸びやかに拡がっていける行為です。

メンタルが強い人は、修正ポイントが多い。

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おはようございます。吉野実岐子です。

メンタルが強い人というのは、観察が鋭く、ゆえに修正できるポイントを多く持っています。「疲れた」のように一緒くたにしてしまう雑さは、こまやかな対応を不可能にします。対応不能となれば、そこから回復できなくなって「寝ればよくなるんじゃないか」「どうせ疲れているんだから、ビール飲んじゃおう」のように、迷走するのです。メンタルが強い人は、細かく細かく、常にリカバリーしているのです。

正しい意味で、メンタルが強くなる過程では、身体の声を拾えるようになっていきます。例えば、記憶にのめり込んで過ごす時間が減ると、前頭葉がくすぐったいような感覚になるでしょう。世間でいわれている声から距離を取れると、後頭部の緊張がゆるむでしょう。違和感を大事にしながらも、追いかけていつしかそこに囚われるのではなく、自分が大事にするものに目が向き続けるなら、括約筋がしまる感覚になるでしょう。

身体に頭ごなしで「いいからやって」と言っている内は、こうした身体の声は拾えません。つまり、メンタルが弱い人ほど身体に鞭打って「なんでこんな時に風邪ひくの!」と責めあげます。メンタルの強い人は、この間、ひたすら細かく修正し続けているだけです。

ここからの地球では、正しい意味でメンタルを強くしないと、とても生き延びられないと思います。もっとも、今のままだと、地球の寿命もあと100年くらいでしょうから、、、生き延びることに焦点を当てるより、地球の回復第一とすべきですが…。

少ない語彙で、豊かに表現する。

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台所の動線も改善しました。おはようございます。吉野実岐子です。

語彙力は、いわば「スタミナ」に当たると思います。少し運動して行き詰って「これ以上やるとスタミナが切れちゃう」と思うとき、以前書いたように実は基本が成っていないのです。基本を徹底すると、そこまでスタミナ頼みにならないのです。

コミュニケーションも同じで、こと外国語を使う際は、ある程度伸びたところで「語彙力がないから」にいきがちでしょうが、運動と同じで、基本が成っていいないだけです。では、コミュニケーションの基本とは何でしょうか?

それは「ハートでつながりあえること」です。恐れから何かのせいにするとき、わたしたちはいわば「スタミナ」にあたる、コミュニケーションなら語彙力頼みの姿勢に入ります。

しかし逆に言うと、語彙力頼みでいる限り、ハートでつながり合えない限り、いかに英語力を研こうと、言葉に長けようと、人とつながり合えずにパンクします。

わたしは実際に、今よりずっと英語力がなかった頃、18か国の人からフィードバックとして「あなたはなんでそんなに少ない語彙で、そんなに何でも表現できちゃうの?なんでそんなに表現が豊かなの?」と言われています。これを聞いた瞬間は、少なくとも語彙力が一定以上あると英語の先生にも言われた状態で飛び込んでいたので、驚いてしまいましたが、今はとても大事なポイントを伝えてくれたと感じています。

ハートでつながり合おうとすると、わたしたちは語彙とか誤解されたかどうかといった、恐れからくるものに反応しません。ただ、「わかってくれない」にたたずむ時、ただ「わたしは恐れと共に在りたい」と世界に宣言しているのですよ。ハートでつながり合おうとすると、ほんとうにそこに喜びがあると、あなたはどうやってコミュニケーションすることになるのか、それを伝えるワークショップを、5月5日(土)11:00~18:00に、名張で行います。(参加費25,000円です)

ハートは無理に開くものではありません。自然とひらくとはどういうことか、どうしたら自然な開閉が生まれるか、身体の側面からもお伝えしていく、東京では不可能なワークショップになりますので、ぜひ早起きしていらしてくださいね!最後は、フライングのお知らせでした。詳細のお知らせはもう少し先になりますが、まずは予定をばしっと空けて、往復の交通機関を押さえちゃってください!