夏休み。

ツィッターは新聞記事のスクラップ、インスタは雑誌記事のスクラップという感じがしています。おはようございます。吉野実岐子です。

今月、メルマガにこんな感想を寄せて下さった方がいらっしゃいました。

「子どもの夏休みに合わせて私にも夏休みが訪れるようになったけど、本当にみきちゃんのコーチングを受けていたから良かったなぁと思うの。

毎夏ごとに、ゆっくりした時間を持つこと、それを肯定して味わえるようになって、人生が一皮むけたようなツルンとした感じに変わってきたみたいです。

たまにはドキっとすることを子どもは言うけど、それも気づきに変わるし、一緒に考えて育ち直していると思います。」

この方は「夏休み」と謙虚に書いて下さっていますが、実際、母親にはお休みはなくて、むしろ子供が小さいときの「夏休み」は繁忙期の一つではないかと、想像するのです。

その夏休みを似非ポジティブではなく、心底上のように捉えられるのは、その方の誠実さゆえに見えます。

誠実さはその人だけでなく、その人が大切にする人にも、まあるいあたたかな優しさをもたらしていきます。

結果ばかりみて「なぜ走っているかわからないけれど、走ってしまう」生き方では、誠実さはその人の中で評価されないし、周りが誠実さの価値に気づきハッとすることも、起きてはいきません。

あなたの誠実さを、誰よりもわたしは見ています。

夏休みが苦しい方、苦しいことは、何にも悪くありません。その上で、あなたが望むなら、何にも肝に命じたり覚悟することなく、上のようにかわっていけます。

「好き」は反転する。

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おはようございます。吉野実岐子です。

ラブラブだった二人が、激しい諍いを経て離婚したり、好きなことだから仕事にしたのに、進むほどに苦しくなるのは、一体なぜでしょうか?

「好き」は、反転するのです。例えば、「穏やかだから」好きだった相手は、「穏やかだから」嫌いになります。いつも穏やかだったのは、波風立てないよう、争いを避けているだけだったことが、見えてくるのです。

好きな理由や嫌いな理由を軸として、「好き」は「嫌い」に、「嫌い」は「好き」に、風見鶏のようにくるくる回ります。何度も書いていますが、「好き」「嫌い」はエゴレベルのジャッジにすぎず、これほど頼りにならないものは、ありません。

嫌いな理由の方は、みなさん好んで見つめますが、好きな理由こそ、深々と見つめて下さい。例えば、「穏やかな」人が好きならば、おそらく波風立った家庭環境の中で、穏やかさの価値を知って育っています。そして、波風立つ中で、穏やかさを得られなかった苦しみを、今も抱えています。

この苦しみをきちんと癒していくことが、「好き」「嫌い」の風見鶏に、振り回されなくなる唯一の方法です。好きな理由こそ、好きでたまらない時こそ、あなたの深い苦しみがかくれんぼしています。

投影祭り。

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おはようございます。吉野実岐子です。

「うちの子が学芸会で主役になれなかった。学校で、先生から低くみられていて、悔しい」「主人はあんなに頑張っているのだから、もっと出世していいはず」、そんな思いが脳裏をかすめることは、ありませんか?兄弟姉妹や仲の良い同僚に、こういう思いを寄せることもあるでしょう。これを、投影といいます。

自分の中に「自分が正しく評価されていない、悔しい気持ち」があるから、子供や旦那さんや兄弟姉妹や仲良しの友人が評価されていないと、躍起になるのです。もともと自分がもっているものが、ペロンと表に出ただけなのでした。もともと自分がもっているものを見ているから、相手がどんな人か、相手にどんな一面があるかは、見えてきません。

投影は、初対面で瞬時に起きてしまうこともあります。「こわい人だった。二度と会いたくない」そんな風に思い、縁が切れてしまうこともあります。例えば、相手が稀に見る敏腕弁護士だったり、その人にしかできない技を持つ外科医だったりすれば「お願いしたいのだけど、こわくてお願いできない」と、あなたにも不利益が生じてしまいます。

基本的に人間関係は、投影祭りです。何度も書いていますが、毎日20分の瞑想は、投影に気づくスピードを速め、投影しなくていい透明な自分を生んでいくことに、役立ちます。やっているつもりという「安さ」は要りません。ただやってください。

条件。

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おはようございます。吉野実岐子です。

あなたにとって好ましくないことが起きたことを条件に「バチが当たった」と、まるで自分が無条件に罰されているかのように、ふるまってはいませんか?

気分がわるいとき、気分のわるさにフォーカスして、一瞬にしてそれを変容させられるのに、そうしないことを選んでは、気分を悪くした条件の方を見つめていませんか?

こんな条件を満たしていないから「幸せじゃないんだ」と、条件を握りしめては、幸せでない自分に本当は安堵し、それこそが自分だと条件づけては、完全性を志向していませんか?

全体性(Wholeness)へ調和しないすべての行為と有り様は、あなたを苦しめるだけでなく、あなたの人としての質を下げます。

あなたが自分の質を下げるとき、ご先祖様や今の家族や子孫全体が、質の低い方へとぐっと引っ張られます。

あなただけのことではないのです。すべては、既につながってしまっているのです。

実家。

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おはようございます。吉野実岐子です。

みなさんは、年にどれくらい実家に帰られているでしょうか。年にどれくらい生家のご家族とお話しされているでしょう?

高視聴率をとるようなドラマが描き出す家族やサザエさんみたいなみんなが郷愁を覚える家族は、実際にはほとんどないでしょう。それらを理想とし、現実を卑下しなくていいのです。複雑な思いや煮えくり返る感情があっても、いいのです。

ただ、親が生きているからこそ、堂々と実家に帰れるし、自分が元気で帰れるくらいには仕事が回っているからこそ、実家に帰れることにも、時に意識を着地させてみてください。

両親との関係が良くなくても、声をかけてくれる近所の人や風景の中にある変わらなさは、気づかぬ内に今のあなたを支えるでしょう。

お墓参りをご家族とご一緒できなくとも、やはりお墓がきれいになると、落ち着きますね。

無理して「いい家族ごっこ」するのではなく、苦々しさのまま、やり切れなさのまま、それでもそこにある愛せる欠片やうつくしさの片鱗、あなたを支えてくれていたものへの感謝とつながれるくらい、あなたの人としての器を広げることには、今後のあなたの人生にとって、やはり並々ならぬ重大な意味があると思います。

実家にいい思い出がなくて一番苦しいのは、あなたのはずです。その苦しみを蹴飛ばして、感謝やうつくしさへ自分を引っ張るのではなく、あなたを育てた風景や匂いや温度へ意識のチャンネルをあわせると、あの頃うっすらきづいていた、与えられていた心の栄養みたいなものに、素直になりやすいんじゃないかと、思います。素直になっても大丈夫なんだと、自分を許しやすいんじゃないかと思います。

あなたが「実家」というキーワードに対しても、愛と喜びの中にあれますよう、願っています。

嘘をつく子供。

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AMに仕事のない日の朝ごはんは、こんな感じです。

おはようございます。吉野実岐子です。

小学校低学年の子供が嘘をつくとき、家庭の中には深い混乱があります。嘘をつかないと、その子は安全でいられません。まず、親はそこまで子供を追い詰めていることを、認識しましょう。それがあなたに返しきれない何かだとしても、大人のあなたは子供より多くの対処ができる事実から、目を背けないでください。

混乱が深いと「良かれと思って隠す」振る舞いが連鎖します。そのため、子供は混乱から抜けられず、またその混乱について聞いてはいけないというメッセージを受け取ります。クリアにしたいのだけれど、当事者に聞けないから、想像していくしかありません。

この頃の子供は、どんなに大人びて見えたとしても、具体的なことに関して論理的に考えられるところまでが、限界です。抽象的なことについて、論理的に考えられるところまでたどり着いていませんし、その思考プロセスはあくまでも、彼ら自身をまもる健やかな自己中心性に満ちています。この自己中心性は、両親の過ちを見つけたり(例:早くしろと言ったのはお父さんなのに、支度が終わっていないのはお父さんの方でしょ!)、自分が親よりも賢いと思ったり、すぐ「天才」「最高」といった言葉を発する形で、あらわれていきます。

嘘をついているとき、本当は子供はとても傷ついています。困ったから嘘をついて、その場をしのごうとするとき、困ったという気持ちが、その子の中で踏みにじられていきます。そこに痛みがないわけがありません。苦しくないわけがありません。本当は「困ったから助けて」と、親に一番に言いたいのに「言ってしまうと自分の居場所がなくなる」という危機に直面しているからこその嘘なのです。まだ、自分の気持ちをうまくキャッチできない年頃でもあります。気持ちを言葉にあらわす過程を、親が手伝うべき時期です。

お母さんがお父さんを避けていたり、お父さんに何か隠し事があったり、お母さんがある一面でだけ厳しくなったり、そうしたことが子供の嘘を助長させます。そうしたことに、この8月後半は、苦しくてもぜひ向き合い始めて下さい。自分で考えるだけという「安い心配」ではなくて、夫婦で話し合い、深い理解から子供への態度を変えるなど、実際の行動を伴う心配をなさってください。

9月までに、風通し良く。

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友人が福岡から「藤稔」という葡萄を送ってくれました。彼女のお母さんからのメッセージもうれしくて、箱を開けてしばらくうるうるしていました。おはようございます。吉野実岐子です。

9月までに風通し良くできるところは、風通し良くしようと、まずは窮屈そうだった洋服たちに目を向けました。もう着ない冬服を、お買取りサービスに出しました。洋服がホッとして、のびのび息をしはじめた感じがして、わたしもホッとしました。

夏服や春~秋に着るものは、京都のお店で、パンツのラインを変えてもらったり、ウェストのゴム部分を自分でゴムが取り替えられる仕様に変更してもらったりしました。やっぱり、慣れている京都はホッとします。

さらに、ずっとアクセサリーを捨てたり買い取りに出すか、それとも使うかを考えていたのですが、身を護る方向で使うこととしました。そうすると、保管方法が変わってきます。場所をとらず、ディスプレイも不要で、移動にも耐えるアクセサリーの管理方法はと思っていたら、トラベル用品がぴたっとニーズにはまりました。

「清さを中心にした」暮らしをしたいので、そうなるために、まだまだ動線を整えていきます。それがすべてに矛盾なく気持ちいいし、実はそれは、誰にとっても普遍的な気持ちよさなんです。

夏バテの兆候。

田んぼの横を通ると、バッタやイナゴが一斉に飛び立つ時季になりました。おはようございます。吉野実岐子です。

西日本の盆地の方から、全般に「例年より夜が涼しい」と聞いています。そこで京都市の気温をみたら、最高38℃最低22℃と、確かに夜冷えています。京都市では、春と秋は一日の気温差が15℃あるのは当たり前ですが、真夏にここまで気温差があるのは、初めてみました。

夜ここまで冷えると、朝身体は冷えています。腰からお尻にかけて、触るとひやっとしている箇所はありませんか?

  1. パジャマを、真夏用から初夏(秋)用に。
  2. アイスクリームやシャーベット禁止。
  3. 飲み物は常温で冷めたものを。
  4. クーラーの設定温度は高めにし(わたしは30℃にしています)、2時間くらいで一旦切り、暑いなら扇風機も一緒にかける。
  5. 夜は夏野菜を生で食べない
  6. しっかり湯船につかる

まずはここからやってみましょう。腰からお尻にかけての冷えは、原則として、生殖器の冷えをあらわします。つまり、バイタリティーが落ちていて、食欲のなさなどわかりやすい症状は表れていないけれど、夏バテが進んでいるのです。

秋風邪をひかずにすむためにも、微調整を大切に重ねましょう。「この時期は、これに頼れば平気」は存在しないことを、受け入れましょう。「この時期は、これに頼れば平気」は、完全性を志向する態度です。

その上で、ココアは夏バテからの回復を助けることを、お伝えします。

「できない」記憶。

サラダにひまわりの種を入れています。おはようございます。吉野実岐子です。

「できない」とすぐ思うなら、それが記憶であることを受け入れましょう。「そんなこと言われても、できない」と頑なに思うなら、あなたが結果に執着していることを、受け入れましょう。(詳細はメルマガに書きました

「できない」はただの記憶です。ハイハイしたり立ったり、その過程で何百回も失敗するとき、「できない」なんて、赤ちゃんだったあなたは思っていないでしょう。「だってできないんだもん」とそこにしがみつくなら、「できない」記憶と同一化することに、エゴレベルでのあなたの利得があります。

その利得を選んだのはあなたですから、再選択して、「できない」という記憶から脱出するのも、またあなたにできることです。

強み。

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梨がおいしくなってきました。おはようございます。吉野実岐子です。

「がんばったけど、思うようにいかなかった」ことや「思いの外時間がかかったこと」は、みなさん、強みではないと認識されていると思います。

それだけでなく「今やってはいるんだけど、本当はやりたくないこと」「やろうと思って結局とりかかれなかったこと」も、強みではないのです。

「やろうと思って結局とりかかれなかった」なら、そもそもそれが自分の強みでなかったことを認めませんか?く「今やってはいるんだけど、本当はやりたくない」なら、やめませんか?そうやって、スペースをつくっていくと、埋もれていた今はまだ見えない強みが、ちゃんと見えてくるようになります。

そして、あくまでも価値観に沿った「強み」が見つかった時に、実際にそれをやればいいのです。「得意だから」と価値観に合わないのに始めると、ほんとうになかなかやめられません。これは苦しいですね。

前のめり?

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つくつくほうしに、秋を感じています。おはようございます。吉野実岐子です。

昨日の名張は、雷が鳴り鳥が忙しく飛び回り始めたので、洗濯物を入れたら、強風と共に遠くが真っ白になるほどの大雨となりました。風が吹きこむ方角の窓を開けていたら、お盆のため焚いていた線香が風に煽られて轟々と燃え、台所に火の粉が飛び散ったので、あわてて窓を閉めました。

低い山にぐるりと囲まれているせいか、これでもかという位、雷が落ち続けまして、雨が止んだかと思うと、少ししてまたざばーっと降るので、音の反響等も含めて、打楽器の上に住んでいる気持ちになりました。雨がひどかったので、稲穂がぺたーっと寝てしまっている様子、写真からお判りになりますか?

さて、みなさん最近何をやめましたか?前のめりの人ほど「何か始めよう」と、生活にプラスしていくものばかり探し、情報の暴飲暴食をしがちです。

「なぜだかできちゃった」「たまたまうまくいった」といった、自分の潜在的強みを掘り起こしていくには「強みかなと思っていたけどこれは違った。だからやめよう」と、しっかり強みでないものは廃棄処分にしていくことが大切です。

夏の疲れも出始める頃です。ぜひ、静かな時間を大切に、自分の内側と深く対話してみて下さい。

気持ちよく暮らす。

おはようございます。吉野実岐子です。

誰にとっても、心身共に気持ちよく暮らすには、清さを中心に全体性を生きることです。

「完璧にやろう」「失敗のないように」と、生活全般に完全性を求めると、自分勝手で鈍い人が育ちます。生活全般に完全性を求めるなら、あなたは自分勝手で鈍くなりますし、あなたが子育て中なら、あなただけでなくお子さんも、自分勝手で鈍くなります。

気持ちよく暮らしたいなら、国境・性別・人種・年齢・既往歴・嗜好・特技など問わず、清さを中心にすることです。

清さを中心におくから、全体性があらわれていきます。「みんなつながっている」という全体性を生きるには、清さを中心に置くしかないのです。

気持ちよく暮らすとは、清さを中心にすると、全体性があらわれていくそのすべてです。

清さを中心に置くと、人は完全性を志向できません。しかし、清さを利用するなら、人は完全性を生きようとしては必ず失敗し、全体性を生きられぬまま死んでいきます。

全体性を生きられぬまま亡くなると、未成仏の存在となります。お盆ですね。死んでから、このことが判り始める方も多いでしょう。

Feeling Wind

Nabari is located next to Nara. So if a cool wind blows from the west, I asuume that it is raining in Nara. And if a cool wind blows from the east, I assume that it is raining in the eastern part of Mie. When I see black clouds approaching, I can estimate when it will rain in Nabari. Feeling winds, seeing clouds and listening to frogs allow me to predict the weather without checking my iPhone. I feel that it is healthier than checking the iPhone.

I also can feel winds by seeing waving rice fields. The wind has a grand effect on green rice fields. It is so beautiful. Because of mountains, rice fields and rivers, I can catch winds almost every day. Even if it is a super hot day, I often enjoy cool winds. And evening cicadas start to sing from two o’clock in the afternoon. That sound helps me bear the heat. Introduction sounds of the evening are always carried by wind.

I want to make you feel the wind, so I started an Instagram account: https://www.instagram.com/global_flowering/
Please check and feel the wind.

今日もよろしくね。

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少し前に、賑わい溢れる東京から、戻ってきました。おはようございます。吉野実岐子です。

7月はiPhoneに戻して、MVNOにして、公衆無線LANだけ契約して、情報通信まわりが、一段とスッキリしました。

ずっと保留にしていた衣類乾燥機兼除湿機にも、とうとう来てもらって、脱衣所が効率良く乾くランドリールームになることも確認し、こちらも色々な動作の流れと思考の展開スピードの改善につながりました。

そんな新しく来てくれたものたちにも、古くからの相棒なものたちにも、心の中で「今日もよろしくね」と、声をかけながら、協力してもらっています。

あるとき「買い物は採用活動と同じだ」と思いました。そしたら「物は同僚だ」と思ったのです。同僚なら「おはよう、今日もよろしくね」と声をかけますよね?

お世話になりっぱなしのパソコンには、いつも思わず「ありがとう、お疲れさま」と言っていました。その発想が拡張し、太い川となって「今日もよろしくね」やパソコン以外の「同僚」にも伝えることになりました。

身体に「おはよう、今日もよろしくね」といってあげても、素晴らしいですね。どんな関係でも、関係を変えたいなら、挨拶からですね!

Through Enjoying Sounds

After I moved to Nabari, it became easier to live in wholeness for me.

For example, every weekend, I can see fireworks from various directions from my windows. Lucky me!

What I noticed first were frogs singing and bell-ringing crickets gave me some fun while waiting for the next fireworks. What I noticed second were that twinkling stars are so beautiful, so we don’t get tired of waiting until the smoky sky clears for the next fireworks. What I noticed third was the big acoustic echo off the mountain. it was like listening to cymbals. I hear those sounds through bird’s ears and worry about animals in the mountains which surround Nabari City. I imagine that many animals are so suprised at every week’s big sounds.

I can enjoy fireworks with various sounds and various perspectives without thinking. Because nature is always a part of my daily life and it’s easy to feel the connection between me and nature. Wholeness is always revealed by feeling, not thinking. This place empowers me to live in wholeness.

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