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少し前に、京都北部に行きました。特急電車が揺れすぎて、車酔い・船酔い用のpressure pointを押しながら、I could go through it.という感じでした。夕方着夕方帰宅の、一泊一日でしたが、行ってよかったです。

夕方着いたら、蜩が降るように鳴いていました。海沿いにすぐ山が迫っていて、そこから音が降ってくるようでした。そして、京都市内にはない涼しさがあり、その夕方の時間だけは、空気が甘かったです。「30年前は、祖父母宅のあった埼玉だって、こうだった(東京は、既に違いました)。」と、泣きそうになりました。30年前の埼玉は、空気が甘くて、空から星が降るように、山から蜩の声が降り注ぎ、夏の夕方は涼しくて気持ちよかったのです。

northernkyoto

現実を生き抜くために、「去年よりまし」とか「あの地域よりまし」と比較して、自分をなだめるのではなく、自分が基準としたい感覚を、ちゃんと掘り起こし続けましょう。

ちなみに、写真左上は、宮津焼の箸置きで、丹後半島のお魚を表現しています。丹後半島をはじめとする、京都北部は、京都市民の台所ともいわれています。また、丹後のお魚カード(貝合わせのようなゲーム)が、全国のミュージアムショップで売っています。

みなさんは、基準となる感覚の中でも、どんな感覚を掘り起こせたらなぁと、願いますか?そのために、どんなことしますか?