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みなさん、切れ味が「味」だと、知っていましたか?「この包丁は切れ味がいい」のように使ってきただけで、まさか味とは思わないで、この夏まで過ごしてきました。

ところが、京都のお料理屋さんいわく「切れ味がいい包丁だから、素材のいい味が出る。この時でた、いい味を”切れ味”という」のだそうです。知って以後、また一枚、自分がつるんと剥けた気がしました。

そうなると、包丁の扱いも違ってきます。「研いでおくと、切りやすいから、研ごう」ではなく「研ぐことで、切れ味のいいご飯を頂けるから研ごう」と、そもそもの発想が変わってきます。

お魚もお野菜も、そもそものいのちと、それらを育てたり、神聖さとともに殺めたり、配達したり、様々な人の間をくぐって、わたしやあなたのところに、届いています。

よく仕事はするものではなく、「させて頂く」ものといいますが、その意味では、最後にそれを頂く人がいて、きちんと完成する、あるいは、成仏して、「すべてはつながっている」という循環に、すべてが内包されるのだと、思います。

だから、「いただきます」と手を合わせ、「ごちそうさま」とお辞儀をするんですね。それは「たしかに引き継ぎました」と手を合わせていることですし、「(いわば)お仕事終了しました」と、全体に対して、報告しているのだと思います。

そして、そのすべてを思った時に、その思う心を磨いた時に、必然的に技は磨かれてしまうのだと思います。いかなるお仕事でも、それもなく、スキルの鍛錬は叶わないのです。思う心を磨きながら、技が磨かれながら、心も技も未熟である時に、わたしたちがもつ「ひたむきさ」を、何より大切にして生きていきたいと思います。