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あなたの大切な人が苦しんでいる時、一緒に苦しむことが、愛だと思い込んではいませんか?

それは、単に傲慢さ・欲深さ・無責任のあらわれです。愛とは、あなたの大切な人が苦しんでいる時に、一緒にいられることに喜びを感じていることです。

あなたの大切な人が苦しんでいる時に、あなたが苦しいなら、あなたは単にあなたの苦しみをみています。その時に、あなたはあなたの大切な人のことは、見ていません。無視しています。愛とは、相手がどんな状態でも、一緒にいられることに喜びがあることです。そこから決して離れないことです。

苦しむ相手に自分の苦しみをみるのは、相手を、ていよく使ったマスターベーションに過ぎません。

愛とは利用することではありません。愛とはなにかを得るためのものではありません。あなたの未熟さを思いやりにすりかえる時、あなたの欲深さは露呈します。愛とはただ全力でそこにいることです。その時、人も動物もあなたに愛を感じ取ります。

そして、人に苦しみをみる(人の気持ちが入ってきちゃうと思い込むのも、ほとんどがこのタイプ。体感が極めて優れている場合は別です。)あなたは、自分の苦しみこそをみる必要があります。いや、その先(奥)にあるものを、見に行き、自分としっかり出会う必要があります。自分と出会えていない状態で、人と出会えるでしょうか?ハートに聞いてみてください。

大切な人が苦しんでいる時、あなたがすべきは、自分と出会うことです。そして、その出会った自分で、全力でいることだけです。その上でなにかしたければ、ただ相手のニーズを確認すればいいのです。

そして、「大切な人が苦しんでいるのに、何もできなかった」と、落ち込んだり、自分を責める根っこにあるのは、愛ではなく、ただの欲にすぎません。その事実を、ただ事実として受け止めて、初めて愛の状態に近づけます。