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昨日は、一日中よく吹雪きました。

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本日も低温の京都です。

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そんな京都から、朝からシンプルなトマトパスタをいただいたわたしが、昨日に続き『風雲児たち』で学んだ世界の歴史について、少しシェアしていきます。

きっと「コロンブス(イタリア人)が、アメリカをインドと勘違いしたため、先住民族であるネィティブ・アメリカンは、しばしインディアンと呼ばれることになった。」「エカテリーナ二世(ロシア)はドイツ人だった。」「シーボルト(医師)は、ドイツ人だったがオランダ人のフリをして、日本に来た」辺りは、ご存知の方も多いのでしょう。

以下は、改めて「へぇ~」と、思ったことです。

・江戸期には天明年間に、世界中でおきた火山爆発(1779年:桜島、1783年:浅間山、アイスランド、ラキ火山、エルディヤール火山など)拍車をかけ、地球全体が寒冷化した時期がある。イギリスでは赤く冷たい太陽が観測され、フランスではセーヌ川が凍りついた。その後続いた小麦不作がフランス革命の一因。

・ヨーロッパでは、たくさんの国が「東インド会社」を設立した。スペイン・ポルトガルのそれは、裁決を本国にあおがないと謀反扱いになったり、利益は王室の収入になるから、経営が縮小。それに対し、イギリス・オランダは王室が間接的にしか関与せず、金持ちが集まり共同出資&あとで利益分配型ゆえ、拡大。オランダ東インド会社は、東南アジア。イギリス東インド会社は、インド全域を統治していたが、イギリスはエリザベス女王が東インド会社に巨大な独占権を与えていたため、法律制定、通貨製造、戦争遂行までできた。故に他国の東インド会社はたちうち不能となった。

・フランス革命は、小物屋を営むルグロ夫人により始まった。バスチーユ牢近くで、絶対王制により裁判もなく投獄された無実を訴える手紙を拾う。彼女は同情だけでなく行動を起こした。貧しいみなりのまま領主を一軒一軒訪れ、警察に脅迫され見ず知らずの囚人と肉体関係にあると噂され、閉店に追い込まれた。王室の侍女に紹介状を書いてくれた人がいて、嘆願する。何度も何度も。数年後、嘆願書が国王ルイ16世のもとに。しかし正式に却下され、専制政治に?を抱くあらゆる身分の人に働きかけ、ついにルイ16世はその囚人の釈放命令をだす。意味なき逮捕投獄禁止令もでる。5年後、バスチーユに人々が押し寄せフランス革命はじまる。ルグロ夫人は亡くなっており、バスチーユ牢解放をみることはなかった。しかし、フランス革命を始めたのは、名もなき貧しい彼女だ。

・オランダはヨーロッパの巨大な三角州が基本になっていて、国土の30%は海面よりひくく、湾や入り江を埋め立ててつくられたから「神がつくった」というより「オランダはオランダ人がつくった。それが我らの誇り」と思ってるらしい。

・西洋では庶民は菜種油でなく、鯨油をつかった。日本近海におびただしく群生していたクジラは、江戸後期わずか数十年で根絶やし同様に、西洋の船にとりつくされた。クジラは頭部に巨大な油タンクがあり、ここから全身に脂肪をおくるから、極寒をおよげる。マッコウクジラ一頭からは、500ガロンの油を採取できる。

学生の時だと、「なんでこんなに名前がコロコロ変わるの~?」のような、試験対策に翻弄されて、終わってしまったり、そもそも世界史が選択制で全く学ばずに終わってしまうことも、あると、思います。

今、グローバルな人材であろうとしている方や、あらゆる面での多様性が際立つ環境で働いている方は、ぜひ『風雲児たち』読んでみて下さい。引用していない範囲でも、驚くようなことが、たくさんありました!読後、気づきを人生に落とし込んで、現実をしっかり変えていきたい方は、コーチングにいらしてくださいね。