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こんにちは、吉野実岐子です。

先日、プラスチック部分が粉々になり、さびついた竿を一新しました。なかなか竿って、一新しないですよね?今度は、さびにくいアルミ製を選んだので、一生モノかな?

それにしても、竿を粗大ゴミで出した後、竿のないベランダの清々しかったこと!驚きました。最近、空気の汚れがひどいので、あまり外干ししないため、その清々しさに「もしかしたら、竿要らないかも。要るとしても一本だけだったかも」と、考え始めたところで、ピンポーンと新しい竿が届きました。

お盆前なので、すべてがスムーズにいくよう、今回は、ちょっと急いで注文してしていました。いつもは、「ない」状態を最低3日は味わいます。例えば、今、台所の電球がすべて切れて7日目です。昔風に燭台にろうそくにしてみようかと、やっぱりろうそくだと暗いな、台所掃除を目に頼っているな、改めてオーブントースターは要らないけど、きれいだからどうしようと、考え始めています。そういう新しい可能性を呼び込めるんです。

「ない」を味わったら、そのままないままになったものも、ありました。シャンプーはなくなって、石鹸一つでまかなうことにしたり、掃除機や炊飯器や電子レンジや水切りかごは、ずっとないまま、きっとこれからもご縁が薄いでしょう。

「ない」を味わうと、なくてもよかったことにアリアリと気づけたり、代案を思いつきやすかったりします。スリッパがなくなり、草履がきて、さらに足半(あしなか)にかわったりもしました。歯の詰めものがとれて、ここぞとばかり、セラミックを選んだりもしました。だから、「ない」状態は、わたしにとっては大歓迎の状態で、いつもルンルンで味わっています。

みなさんも「電球が切れたから、何も考えずに買いに行く」のように、反射的に行動せず、電球のない生活を楽しんでみるなど、一呼吸おくことで生まれる気づき・智慧と、出会って生きませんか?

「ない」豊かさに、その身を預けて、安心と創造性を手にしませんか?