離島におくる。

おはようございます。みきです。

少し前から、読み終えた新品同様の本は離島に寄付しています。本州の都市部にいると、気づきづらいでしょうが、離島には図書館がなかったり、小さな移動図書館がたまに来る程度です。

読み終えた本を売っていたこともありましたが、すっかり止めました。本を売る時に、本の見た目のきれいさだけで、価格が決まることが、やはり気持ち悪いのです。わたし自身、いいと思った本は新品を人に贈ったり、何度もよみかえすので、本の価値を年数にたえうる中身や人からの愛され度合いで見ています。有り体に言うなら、そんな自分の価値観をとことん尊重しようと決めたら、本は一冊もうらない結論となりました。

もちろん、売った先でまた誰かが買い、その本は愛されていくでしょう。でも一瞬だけでも、外見ありきの価値変換に関わることはもうこりごりでした。

そもそも、なんでもかんでも貨幣経済に絡めとっていくことが、変です。貨幣を使うと価値のやりとりがうまくいく領域・貨幣を使わないと価値のやりとりがうまくいく領域があるでしょう。 商店街など、エリア限定で使えるコミュニティーカレンシーやその類のものは、その発想から来ていますよね。

貨幣vs.貨幣の代替品だけでなく、本についても、もっとこの発想で流れがよくなるところがあるハズです。そう思って、今新品同様の本は、離島の図書館におくっています。

お金に愛される人ほど、時間に愛される人ほど、ひとつひとつ、ひとりひとりの価値を大切にめでています。

上はその一例を示したにすぎません。あなたが自分の身を成り立たせるだけ稼いでいて、社会にあなたの価値を還元しきれているなら、売り買いという損得の世界に近い領域から、足を洗うと、さらにお金や時間の流れがよくなっていきます。

ステージに応じて、やるべきことは、変わっていきます。