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おはようございます、吉野実岐子です。

ワークショップで髪型を褒められて、今思い出してもトゥルンとなるくらい、うれしかったです。

さて、みなさん「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせるとき、身体に何が起きているか、感じていらっしゃいますか?これは、すばらしい型なんです。

「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせるとき、あるいは神社の参拝でも同じポーズをするかと思いますが、このポーズをすると、身体がどう変化して、それに伴いこころがどう変化するか、ちゃんと感じていらっしゃいますか?

こうした型は真似するだけで、意義を頭で考えて納得しようとするだけで、感じてない方が多すぎるとおもいます。つまり、自分の身体をぞんざいに扱っている人が、多すぎます。

こうしたことは「信じる」話ではなく、「感じる」話です。

実際に「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせると、身体の中心が上がっていた人は、瞬時に下がることに、驚かれるでしょう。そして、身体がそう変化するからこそ、心も鎮まります。

心が鎮まると、目の前のものをエサのようにとらえて、ガツガツするようにはならず、とにかくほしいほしいとはなりません。口に食べ物を詰め込むような食べ方は、できなくなります。

目の前のものが、いのちであること、あるいは食べ物のフリした、プラスチックのような食べてはいけないものではあることに気づき、いのちをいただく行為が、食べるという行為であることに、自分の居場所を戻していきます。本来の人間としての立ち位置に、ここでようやく戻れるということです。

そうやって頂くと、いいエネルギーのものは、たくさん食べる必要がなく、少量であなたを満たしてくれることを、感じずにはいられないでしょう。食べ放題なんて、もってのほかなんです。

食べると、胃腸をはじめとする内臓が、消化のために働き始めます。血液が一定時間、胃に集中しますから、身体の中心もあがった状態が続きます。そうすると、身の回りをとりまく、見えないいろいろな気配や雰囲気や人の感情を感じるという点では、身体は鈍くなります。

だからまた、「ごちそうさま」と手を合わせることで、身体の中心を可能な限り下げて、また心を鎮めるのです。そうすると、できうる限り、正しい判断をできる状態が保たれます。「ごちそうさま」と手を合わせると、「デザートは別腹」という発想も、生まれえなくなります。

「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせて、身体をかんじ、心を感じてから食べるだけで、記憶から食べてしまうことは、ぐっと減っていきます。食べすぎることが、いかに自分を傷つけることか、身体で実際に感じて、気づいていくことができるようになります。

2015年も、みなさん身体をひらいてくださいね。そして、缶ジュースを飲む時も、ガムをかむ時も、「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせることを、徹底してみてくださいね。年始、食べ方を変えていくチャンスです。