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おはようございます、吉野実岐子です。

わたしは、のたうちまわる人、大好きです。ほんとうに次世代に渡そうと思ったら、できないことに挑戦してできるようにしていきます。その時、必ずのたうちまわります。

最近、いいなぁと思ったのは、脚本家の三谷幸喜さんの「やっと壁がきた。ゴールは近い」という言葉。のたうちまわった故に出た言葉ですね。

そして、ずっと素晴らしいのたうちまわり方を見せて下さっていると、尊敬しているのは、狂言師の野村萬斎さん。「なぜ、狂言をやらなければならないのか」と問いながら、芸を仕込まれてきて、大人になった今息子さんに同じ事を聞かれた時、こんな風に返したそうです。

「僕もそう思っている。なぜ狂言をやらなければいけないのか。その答えは、狂言をやらない限り出てこないし、やっても永遠に見つからないかな。自己存在証明をするためには、その型を使い切らない限り、型を埋め込まれるという過去が、成立たなくなるわけですね。闘い続ける。証明しつづけない限り、生きていけないというかね。」

狂言という、室町時代から続くものを、良い方に工夫し継承していく流れの中で、わけもわからないまま、芸をしこまれ続けるというのは「三つ子の魂百まで」の世界です三歳からはじめれば、十万時間も達成できるから、人間国宝になる道も、そこまでの一流への道も、やっと開けます。

狂言は三味線もいらず、扇子等で多くを表現するため、二人いればできるそうです。つまり、やろうと思えば、ストリートパフォーマンスも可能だそうです。そして、常日頃から、狂言の舞台では、想像力に訴える動きをしているため、例えばブルーバックでの撮影が得意になってしまうそうです。

みなさんも、素晴らしくのたうちまわって、生きていますか?のたうちまわりどころ、おさえていますか?