Tags

,

8月1日から、ツクツクボウシが鳴いている京都です。おはようございます、吉野実岐子です。

大人が「構ってほしい」と思っている場合、その裏側に何があるでしょうか?この思いはどんな現実を展開していくでしょうか?

「構う」は、一般的に小さな子や犬や猫に使います。「おばあちゃんを構わないといけないから、家に帰らないと」なんて言いませんし「今日、人間国宝の人と一緒に飲んで、構ってあげた」なんて言ったりしませんよね。そんなこと言ったら、非礼です。

しかし、大人が恋人や友達や(人によっては)上司に「構ってほしい」と、ひそかに願う時、その人は大人の自分ではなく、発達欲求が満たされなかった子供の時のある時代に戻って、それを願っています。ところが、見た目も大人ですし、求められる振る舞いなども大人のそれです。

その結果「構ってほしい」と願う人は、まるで小さな子や犬や猫のように、自分を見てもらうことを望んでいるのですが、現実には大人であるため、そのギャップから、下にみられたり軽く見られたりと、尊重されない扱いを受けるようになっていきます。いつもいつも軽んじられると感じたり、尊重されないと思う状況が展開してしまうのです。

まずは、そうやって自分から始まっていることを自覚するところから始めましょう。