『太陽の子』

もうすぐ、911、311の月命日でもあります。おはようございます、吉野実岐子です。

今日は、小学生のとき、ショックで心を硬くしながらも、続きが知りたくて読んだ『太陽の子』のお話をします。先日、久しぶりに読み返し、スプリンクラーになったかのように涙が出るつらさに、よく小学生のときに読んだなと振り返りました。主人公のふうちゃんの事実から目をそらさない姿に背中を押されて、わたしもふうちゃんと一緒に事実をみていった、そんな経験だったのだと思います。

何度も書いていますが、戦争や貧困の影響は、家族の中でも無意識に継承されていきます。見た目、戦争が終わったように見えても、心の中ではずっと続いていくのです。その苦しみは、アメリカの帰還兵にみられるDVやお酒などへの依存という形で、表面化されることもありますし、自殺やメルマガでご紹介したような自殺行為といっていい決断という形も、導いていきます。

不幸や悲しみや苦しみは、それぞれが一つずつ別にあるものではなくて、芋づる式につながっているものです。心が病んでいる状態にある人がいるということは、その社会全体が病んでいるということです。それを、個人の問題としてしまい、社会全体、あるいは、歴史全体の問題として捉えないことは、わたしたちから力を奪います。

個人的なものではなく、社会全体、歴史全体、世界全体、地球全体のものであると捉えると、私たちは力を取り戻せます。それは、あなたの問題と私の問題を区別できない、ということではありません。

最後に、ふうちゃんのセリフを一言引用しますね。

「まい日、日曜日やったら戦争は起こらなかったかもしれへんナ」

そもそも、みなさん日曜日を日曜日らしく過ごすことから、はじめる必要があるのではありませんか?