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ミツバチさんの大好きなレモンバームを植えました。おはようございます、吉野実岐子です。

昨日の続きです(掲載許可を頂いています)。親のコンプレックス≠あなたというお話を書きました。では、そのまた親(養育者のまた養育者)、つまりあなたの祖父母にあたる方は、どうだったのでしょうか?

昨日は、ある方のお母さんからの関わりをオープンにさせて頂いたので、今日はそのお母さんのお母さん、ある方のお祖母さんがお母さんに何を投影していたかについて、書いていきます。

まず、クライアントさんから見たとき、祖母にあたる方は「こうありたい」という理想を自分に押し付けて、そのために時々嘘もつく人であることに、子供ながらに祖母の弱さがよく見えていて、でもそれを口にしてはダメだと思っていたそうです。なぜなら、その祖母にクライアントさんはとても可愛がられていて、それは実の母(祖母からすると娘)がそのクライアントさんに嫉妬するほどでした。

小さいときから、祖母の嘘や演技ぶった様子を冷静にみながら、一方でお母さんからの嫉妬も冷静に見ていて、居場所がなくいたたまれなかったと言います。さらに、祖母は自分を可愛がっているようで、実は「こうありたい」という理想を自分に押し付けているだけだという、ぞっとする感覚もあって、そこに祖母の悲しみをみていたといいます。子供は本当によく見ていますね。

祖母は自分の叶えられなかった、お金持ちになることやいい学歴を持つことを、娘(親)に叶えさせようとしましたが、それは祖母の期待通りではなかったのです。そのため、生まれたばかりの孫(クライアントさん)がいい標的となりました。クライアントさんは、祖母がお金持ちやいい学歴に憧れながらも、謙虚に生きようともするその姿に、大きな矛盾を感じていたといいます。簡単にいうと、クライアントさんの祖母は、等身大であれない欲の大きな方でした。その方が娘(親)に何をしたかというと、上に書いたように、自分の望みを叶えるために、娘を利用したのでした。

そうなると、娘(親)は「愛された」という感覚よりも「いつまでも認めてもらえない」感覚が強く残ります。クライアントさんの祖母は、もうなくなられていますが、お母さんは今でも「お母さん(祖母)はわたしを褒めてくれなかった」というと言います。小さいときから「お母さんが褒めてくれない」と小さな自分に訴えてくる親の姿を見て、クライアントさんは育ったのです。これは、親が子にしてはいけないことです。

「いつまでも認めてもらえない」感覚の方が強いと、人はしばしばその人を崇拝の対象のように、距離の遠い存在に仕立て上げます。「だから、認めてもらえなくて当然だ」と、自分の中で筋が通るように、物語を紡ぐという弱きに流れるのです。クライアントさんは、小さいときからそうしたもつれをかなりクリアな状態で見つめてきました。つまり、祖母が母に自分のコンプレックスを投影し、祖母は母に祖母自身を見ていて、母を見ていないことに、気づいていたのです。そして、同じようにやはり、母はクライアントさんに母自身を見て、クライアントさんを見ていないことが、やりきれなかったのです。

やりきれないと思う時に、親がおしつけてくる理不尽な思い込み「あなたは金遣いが荒い」といったことを、受け入れて、「だから自分が悪いのだ」と思うことで、筋を通そうとし始めます。これもまた、人間の弱さなのです。クライアントさんは自分の弱さに気づいて、正しい道筋にご自身を戻されました。

家族の中で隠されたコンプレックスが、どのように連鎖するか、少しはお解りいただけたでしょうか?連鎖しないこと、つまり、等身大で生きていくことがいかに大切か、以前よりは受け取って頂けたでしょうか?いかに、あなたから始めていけるか、ご理解いただけたでしょうか?