内観?

おはようございます、吉野実岐子です。

内観といわれると「お寺でするもの」「瞑想できない」と、ゆるやかに反発を感じる方もいらっしゃるでしょう。

でも、日常において、自分を内観するとは、そういうことではありません。(日々の瞑想はそのベースはつくります)

例えば、内観すると買い物の仕方が変わります。不快だからと、紛らわすために何か買うのでなく、不快の奥を味わうために、一旦店から離れるようになるのです。

日々瞑想していても、高揚感に流されるなら、残念ながら、内観はできていません。内観できる身体づくりが、必要なステージにいらっしゃいます。

内観ができていると、予定の入れ方や誘われた時の断り方だって、自然とかわります。

瞑想を非日常のイベントにしても、欲が満たされて終わりです。瞑想されるなら、日常に内観が根を下ろすことを目的に、続けてみましょう。