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恐竜をみて、糞がくさそう~と思いました。おはようございます。吉野実岐子です。

目標設定自体については、巷でさまざまな手法や満たすべき条件が言われていますので、そちらを参考になさってください。

今日は、そこではあまり書かれていない「その目標を掲げる目的」について、書きます。まず、その目標を掲げる目的>目標であるべきですが、これが逆転しているケースが多々あります。そうすると、どんなに満たすべき条件を満たした目標でも、うまく働きません。

例えば、鹿は、生きるために、餌を食べたら、糞が出てしまいます。あくまでも、生きるために、餌を探して食べると、どうしても糞が出てしまうのであって、糞を出したくて、餌を探して食べ続けるわけではありません。

もし、糞を出したくて、餌を探し続ける鹿がいたら、既になんらかの病にかかっているでしょう。つまり、死を向いているでしょう。この時点で、生きることが叶わない線路を、歩いてしまっているのです。

もし、みなさんが「希望がないと生きていけない」と思って、希望を生むことを目的にすると、それはやっぱり、死へ向かうことになります。なぜなら、清さへ向かうと、必然的に生まれてしまうのが希望だからです。清さへ向かう(鹿の例でいうと「生きる」)ために、なにかをする(ここが目標)と、希望が生まれてしまう(鹿の例でいうと「糞が出てしまう」)のです。希望を生もう(鹿の例でいうと「糞が出る」)と、なにかをする(鹿の例でいうと「餌を探して食べる」)のは、病に罹った鹿の行動なのです。

節分前の今、改めて、今年の目標の目的を、見直してみてくださいね。希望を生もう(鹿の例でいうと「糞が出る」)と、なにかをする(鹿の例でいうと「餌を探して食べる」)と、どこまでも糞づまりになります。