人生を共にしないけれど、好きで一緒にいたい?

冬の名張は、どうも北陸っぽいです。おはようございます。吉野実岐子です。

お付き合いしている相手が、人生を共にする相手ではないと判っているのに、一緒にいるのは、何故でしょう?「そもそも、あんまり会えていないから、相手の良さを十分に知らない。自分の目が節穴なのかもしれない」と畳みかけるなら、否認が過ぎます。

遅かれ早かれ、相手はあなたを失い、あなたは相手を失います。相手といる間は、相手を楽しんでくださいとしか、言いようがありません。

それなのに、なぜあなたの中でそういう相手が維持されているのでしょうか?それは、あなたが「最低限しか変わらなくて済むには?」という問いの下、人生を構成しているからです。

最小限だけ、表面だけ、自分が楽な部分だけ、ちょこちょこっと変えて、変わったように見せかける演出でよしとしたいとき、あなたの中で、パートナーシップは必要や欲求を満たし合うものとしてだけ、存在しています。互いに親を求める動きから、親代わりになってくれるパートナーを選んでいるため、パートナーシップの寿命は必然的に短命になります。

無責任を生きる姿勢で「最低限しか変えない」のではなく「すべては自分からはじまる」と責任を生きる姿勢で、何事もわざわざやっていきましょう。その意志と行動力に、長期的なパートナーシップを支える目的がのったとき、人生を共にする好きで一緒にいたい人と、出会えるでしょう。