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おはようございます。吉野実岐子です。

穢れているほど、自分の子など後に続くものを通じて、生き直そうとします。例えば、思うような誕生日を過ごせなかった子供時代を、大人になっても根に持ちます。その痛みの中にいることを選択します。それが穢れです。そうして、自分にとって完璧な誕生日を、子供へ用意します。そんな風に、子供に夢を託します。職業・ステイタス・語学力・生活様式・メティアへの露出、多くの親がそうした夢を託し、子供のためだと言い張りますが、違います。あくまでも、痛みの中にい続けるためです。そうやっていつまでも、自分中心でいるのです。自分が変わらないことを、選択しているのです。自分の選択の正当化のために、子供を利用します。

「自分ができなかったことを、子供にやらせてあげたい」そんな風に、子供を通じて生き直そうとする時は、自分の質を振り返り、生き方を変える時です。

今のように穢れたままだと、亡くなって意識だけになっても、生き直そうと肉体を求め、肉体を持つ生きた人間や人形などに憑いて、形を得ようとするでしょう。穢れた人は、そうやって、いつも相手を利用します。去ったものや失ったものを認めません。変わらないままでいるという幻想は、それらを認めたら、すべて壊れてしまうからです。前世や輪廻転生といった発想は、そのさいたるものです。

「そんなこと言われてもできない、あれもこれも対応しないと」と、英断や覚悟が必要な状況を自覚するなら、今の自分は、それくらいそのまま進むと不調和になる、目立つ何かを隠し持っていることを認める時です。すべてはあなたから始まっています。