Tags

おはようございます。吉野実岐子です。

看取ることについて感情的になるなら、いのちを持ち物としてみているでしょう。

わたしたちは常に、大きないのちに属しています。大きないのちの一部だからこそ、その大きないのちが、看取られるその人も看取る自分も、支えてきたのです。この感覚を生きていると、死への恐れは少ないでしょう。

そして、その点から「こんなに小さいのに、亡くなってかわいそう」「そんなに長いことお達者で、大往生ですね」といった会話をみたとき、付加したいのは、前者が何かを余分に失っていることもなければ、後者が何かを余分に得ていることもないということです。

看取る人は看取られる人より、ただちょっとだけ長く生きるだけです。どの道、看取る人も、看取られる人が行った場所にいくのです。「どうぞ先に行かれてください。わたしたちもそこに行きます」という姿勢が、目の前にたまたま開かれている生の状態にあることを、肯定する姿勢です。

一青窈さんの「ハナミズキ」という曲には、そうした正しい鎮魂の様子が、描かれています。

“僕から気持ちは重すぎて
一緒にわたるには
きっと船が沈んじゃう

どうぞ 行きなさい
お先に 行きなさい”

みなさまお一人お一人にとって、すばらしい三月になりますように!