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イギリスから洋書が届き、気合が入りました。おはようございます。吉野実岐子です。

少し前に英語の先生に、Creative Writing を勧められ「いやむしろ、当然書いてると思った」と言われ、もじもじしながらフィクションを書きはじめつつも、気持ちは文豪でいきている昨今です。

それでね、Creative Writerのみなさんは、やっぱりすごいなぁと思ったのは、こんな瞬間を掬いあげていることです。

満島ひかりさんが関わる作品は観ることにしているのですが、今週火曜まで放送中だったドラマ「カルテット」第八話で、彼女はこんな台詞にいのちを与えていました。

「ちょっとだけがんばるときってあるでしょ?
住所をまっすぐかかなきゃいけないときとか
エスカレーターの下りにのるときとか
バスをのりまちがえないようにするときとか

(男性: 卵バッグをカゴに入れるときとか?)

白い服着てナポリタンたべるとき
そういうね、ときにね、そのひとがいつもちょっといるの
いて、エプロンかけてくれるの
そしたらちょっとがんばれる」

こういう、自分にとって「ちょっとだけがんばる」瞬間に「ちょっとだけがんばれる」よう、手を差し伸べてくれる相手に、人は「救われた」「愛された」「やさしい」と思って、心を許していくんですよね。

このかけあいが絶妙だと、相性がいいと感じたり、日常がすごく楽になって、ひきつれるような感覚や痛みやちょっとした無力感が、さぁっと洗い流されるのか、蒸発するのか、まるで元からそこになかったかのような様相を呈します。

おおごととして「救われた」ときよりずっと、実は相手に好意を抱きやすい状況であり、実際の「救われる」総量からしたら、こちらの方がおおごとのケースより、ずっと膨大かもしれません。

そんな絶妙な助け合いが叶う相手は、実は深いところで同じ課題を抱える、いわばセルフヘルプグループ的存在だったりしますが、だからこそ関係が続くニーズも得も生まれるし、それらが関係を強化して、なかなか離れがたい相手になることが、多いようです。

一緒に成長しやすい相手ですから、実はパートナーには、こういう感覚を持てる人がいいです。ビジネスパートナーであれ、人生のパートナーであれ。

それにしても、英語の先生が小説を書いている事実には、驚いたのでした。