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昨日のエイプリール・フールの記事は、お楽しみいただけましたか?おはようございます。吉野実岐子です。

椋鳩十さんの本に始まり、ことあるごとにアイヌ文化に触れて、生きてきました。トンコリ(アイヌの楽器)をつかった音楽も、一時期よく聞いていました。古い知恵のようなものを感じられて、自然と尊重と感謝の念を持つため、とても落ち着けたのです。

先日、ETV特集「今よみがえるアイヌの言霊~100枚のレコードに込められた思い~」 を見ました。アイヌの考え方では「手で水を掬えても、お椀のように一滴もこぼさずとはいかない。人間の能力ではできないものを、道具が担ってくれる」と、道具を尊重し大切にしていく知恵として、道具をカムイとして尊重してきたことを知り、なんとも全身が温まりました。

熱いお鍋から、直接手で汁物をお椀に掬うこともできなければ、魚を手の上にのせて焼くこともできません。道具はほんとうに、わたしたちのできないところを、凹を、ひたすら黙って埋めてくれます。

北海道において、アイヌが「先」で本州の人間が「後」と言えると思います。いわば、アイヌが「親」で、本州の人間が「子」の関係ですが、ここでも「親子関係」は逆転しています。「子」ができることは、ただ受け取り、感謝と尊重を「親」に向けていくことです。

わたしの知る限りにおいては、わたしはアイヌと血がつながっていません。本州の人間として、アイヌに触れるとき、ただ謹んで受け取り、溢れるほどの感謝と尊重を持ち続けていきます。