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おはようございます。吉野実岐子です。

ずっと見たかった映画『パパ、遺伝子組み換えってなぁに?』を、オンデマンドで見ました。

三重に来て、わたしの食生活は崩れたのです。京都にいたときは、徒歩15分のところに、農家さんがなさるオーガニックストアがあって、そもそも野菜を買える家から一番近い場所がそこでした。何も知らずに、単に旬の野菜が手ごろな値段で手に入るので立ち寄ったのが、最初のきっかけでした。

しかし、三重に来て、オーガニックで育てている畑はたくさんあるのに、手に入らなかったり、表示があいまいで、味もぐっと落ちました。食品に限らず、閉じている不便なエリアなので、競合がなく、高くても質が悪くても売れるのが現状です。ビジネスとは安くすることだと信じている奇妙奇天烈なエリアですが、それがまた色々なシステムから外れかけているところの実態です。ともかく、食費は上がるし、味は落ちるし、安全性も低下しました。

そこで落ち着いてきた頃に、もう一度食生活を立て直したのです。そのとき、重要な箇所に下線をひくつもりでこの映画を見て、頭の中も整理整頓しました。ホールフーズでも遺伝子組み換え食品が売られていることに驚き、驚いたということはやはりイメージに支配されているのだと自覚し「1860年、労働人口の58%が農民だった。今では農民は労働人口の2%になった」という指摘には、声が出そうになって、自分の意識の網の穴そのものを触った感触を持ちました。

遺伝子組み換えは、植民地的な発想です。人間同士で許可をとりあい、所有される命には許可をとっていません。このおかしな発想は、多くの場面でみられますね。子供と約束したことを、子供抜きで親同士で許可を取り合い、子供には知らせずにそのまま決定してしまったり、そんな風に浸透しています。