Tags

小糠雨がきもちいいです。おはようございます。吉野実岐子です。

西洋医学でいう病気と診断される前に、つまり症状としてそれを持つ前に、わたしたちは必ずその状態に入ります。例えば、鬱病になる前は鬱状態になり、依存症になる前は依存状態に入ります。

わたしは医師ではないので、むろん診断はできません。ただコーチングとしてお受けできるか、判断はします。自分の領域の限界を見定め、ラインをひいていくことは、関係者全員をまもることであり、どの職業においても必要なことに過ぎません。

一方、どのサービスを受けるか、迷う方も多くいらっしゃるでしょう。ここでは自分が依存状態にあるのか、依存症なのかを識別し、より適切なサービスに自分を出会わせるための、簡単なガイドラインを書いておきます。

依存症だと、明らかにそこには強迫性があります。仕事を対象とし、依存症といえるまでになると、すごくハードに仕事しながらも、つらくてすべて放り出したいと思いながら、極端な働き方から撤退できません。鬱病やバーンアウトで強制的に止まらざるを得ない展開は、多いようです。

セックス依存症の人にとって、セックスはもはやセックスではありません。安心と官能の世界ではなく、劇薬の世界になります。楽しくないし嬉しくないのに、ブレーキがなくて止まれないのです。事後には罪悪感や嫌悪感に襲われます。苦しいのです。

タバコやお酒は、それを止めることを助ける手立てがいくつもありますが、日本において、数いるのに助ける手立てが少なくみえる二つを、取り上げてみました。

例えば、セックス依存症などは、WHOは精神障害ではないと位置づけており、国によりラインが変わります。

みなさんができることは、依存状態にあると気づけたら、その段階で幸せになる勇気を出して、助けを求めていくことです。依存状態にあることは、人としてダメなわけじゃないです。もしそう思っていたなら、あなたは傲慢でした。周りの方が依存状態にあるなら、その方の幸せを願う場所から、伝えてあげましょう。みなさんお一人お一人のいのちがまもられることを、心から願っています。