繊細さと弱さは反比例する(二)

おはようございます。吉野実岐子です。昨日の続きです。

繊細さを病のように扱ったり、弱いというレッテルを貼る、エゴの仕業に対して、あなたが真にしていくべきことは、何でしょうか?

例えば、自分から休みを取り上げるのではなく、自分に理がないことをさせないようにしていきます。例えば、急激な変化に多々ふれ、それに慣れようとするのでなく、ゆっくり時間をかけたいと正当に主張し、自分のスペースを安全なまま、守っていきます。例えば、調子の悪さをごまかして予定を進めるのではなく、できるだけ早くケアし予定を変更します。

鈍い人を基準にし、そこに自分を当てはめていくことは、まちがっています。同じ世界を生きているようで、わたしたちが持つ情報量は、違います。心身が清い人ほど繊細で、莫大な情報量を扱っています。そこには、ラジオと3Dのカラーテレビ以上の差があります。

やらなければいけないことが、わかりましたね?

繊細さと弱さは反比例する(一)

おはようございます。吉野実岐子です。

繊細な感受性(第六感まですべてが鋭いということ)を持つ人を、弱いと思う風潮に、無自覚に巻き込まれていませんか?

実際、HSP(Highly Sensitive Person)の研究をみると、むしろすべてに対して鋭く感知できるからこそ、平均的な感受性を持つ子よりずっと孤独に耐えられたり、複雑な家庭にあってもその混乱に巻き込まれないことが、想定される事実としてわかっています。受け取る情報量が多いからこそ、自然とつながっていることをきちんと自分の支えにできたり、既に亡くなった歴史上の人物を教師とできたり、幸せへと自分を向けていけます。受け取る情報量が多いからこそ、複雑な家庭環境下にあっても、家庭外にいる先生や親戚や近所の人などとの間に、健やかで親密な関係を築いていけます。

感受性という点からすると、鈍いほど、自分を幸せへ向けられず、また、置かれた状況にやられてしまうでしょう。つまり、鈍いほど弱く、鋭いほど(繊細なほど)強いのです。

もしあなたが繊細で、自分の繊細さを病気のように扱ったり、弱いと決めつけているなら、自分を不当に甘やかしていることを、自覚しましょう。繊細さを言い訳にし、繊細さに厄介というレッテルを貼ることは、あなたのエゴの仕業です。そうした自分の傲慢さがうむ罠にひっかからず、自分を知っていく必要があります。

勢力「とりあえず」

おはようございます。吉野実岐子です。

英語って「今のところはとりあえず、じゃあこれを共通言語ということで…」という感覚で、共通言語としてのこの勢力を獲得していったのだろうと思います。そこに、英語でなければならなかった確固たる理由なんてなかったでしょう。

単に「じゃあ、とりあえずはこれで」という仮がなんとなく、継続されていって「じゃあ、とりあえずこれだと、コスト低いし」のように、とりあえずが勢力を伸ばしていって、グローバル・スタンダードなんていう仰々しい名前で呼ばれていることは、英語に限らず、よくありませんか?

積極的には選ばないけれど、消去法では残ってしまったものは、時にわたしたちに安心感(安心ではない)をもたらします。消せなかったから重要だと発想してしまうのでしょう。

「とりあえず」と後ろ向きに選ばれていっては、すごい勢力になっている企業や考え方は、実にたくさんあって、まじまじと見てみると、ギョッとします。

「とりあえず」の先には、無難だとみんなが判断する世界が広がっているため「みんなで渡れば怖くない」とも、思いやすいでしょう。そうやって、力を与えようとは思っていなかった「とりあえず」が、力を持ち始めると、世界の価値基準が大きくシフトします。

「大好きだから」や「こんな確固たる理由があるから」ではなく、「とりあえず」が一番力をもっている世界を、わたしは気持ち悪いと思っています。そして、うつくしい人生や自然豊かな地球やみんながにこにこする人間社会は、その先には微塵も見えてこないです。

解釈と妄想を区別する。

ミニトマトとパプリカも植えました。おはようございます。吉野実岐子です。

解釈はあくまでも、事実とセットです。事実とは第三者も確認可能なことで、観察者によって揺るがないものをいいます。例えば「黒雲が空を覆っている」は事実ですが、「雨が降りそうだ」は事実に基づく解釈です。一方「だから、悪いことが起きそうだ」は妄想です。事実に触発されてはいても、事実に基づいてはいません。

自分のルーツを感じたくなって「前世」を持ち出すのは、妄想であって解釈ではありません。圧倒的に多いのは、事実としてあなたにつながるご先祖様がのこした目には見えない情報を受け取り、それを「前世」と思い込むケースです。

目には見えない情報をのこしているということは、ご先祖様が安らかでないということです。そういう苦の情報、すなわち穢れを頼るべき相手にしたてあげれば、災厄を招いてしまうでしょう。

もしわたしが、不安や恐怖を減らそうと、頼る相手をそんな風に妄想して生きているなら、みなさんはそんなわたしに話を聴いてほしいなんて、思えるでしょうか?

よく考えてみましょう。天候も人の活動も激しいですが、だからこそシーンとした心持ちで、今日をはじめましょう。

正々堂々と生きる。

こんにちは。吉野実岐子です。

身体が発育する重要な時期、つまり小さい頃に置かれた環境(保育園なども含む)が、現実に目を背けなければ生きていけないものであると、大人になっても、現実と妄想の区別がつかなくなります。辛い現実を、心の中で妄想と置き換え慰める癖が、今でも続いているということです。

コーチングの前提には、感情を表現できたり味わえることが、前提です。しかし、こういう状態にあると、感情を表現することができません。(失感情症と呼ばれていますが、これは治療の対象になっています)

映画でみた心に残ったワンシーンを実話のように話して、そこで涙を流すという感傷的な行動はとれても、子供の頃の記憶にまつわる気持ちなどを話せず「本当に思い当たることはない」「本当に何も言うことがない」と反応します。

「こうだった、あぁだった」とシーンをいくつか描写できても「そのことにすごく自分は怒っていた」とは言えません。「怒りを感じることはできなかったんだ」と、否認により確認することで、第三者に「自分はそのとき怒っていた」と示唆できても、自分が怒っていたと認識することができません。

そうやって、怒りなどを抑圧していくことは、解離の一形態でもあります。そして、治療できるということは、回復への道が開いているということです。心の中の差別をなくし、正々堂々とその道をいってくださいね!

貴い仕事

北陸に、今年中にあともう一回は行きたいです。おはようございます。吉野実岐子です。

ジップロックをお財布代わりやアクセサリー入れにする方が、いらっしゃるんですね。ネックレスなどもつれず、使いやすいそうです。ジップロックが機能面でユニバーサル・デザインだったということでしょうか?

形を得たことで使ってみたら、自分の隠れたニーズに気づくこともあるでしょう。わたしはiPhoneを持ってから「メモとしての写真を、必要としていた」ことを自覚しました。

地図をパシャリとすれば、ガイドされながら方向がくるくる変わって、拡大している内に、余計に混乱が深まるようなことがなく、助かります。見づらいものもパシャリとうつして、拡大すれば実によく見えます。蝶々の羽のこまやかなつくりに、感動したりもできます。

スクリーンショットもよく使います。お気に入り登録するより、必要なところだけスクリーンショットにすれば、ネットのスピードに影響を受けず、まるで画像にアンダーラインをひいたかのように、必要なところだけ再閲覧できて、無駄がありません。

ジップロックのケースもそうでしょうが、iPhoneの場合も形なきアイデアから、形あるものになったことで、隠れたニーズや強めたい価値観を自覚できるのは、とても面白く感じます。目に見えない存在を正確に感じることも大事ですし、目に見えないアイデアを創りだすことも大事ですし、それらに形を与えることも大事です。どれもが、貴い仕事です。

着火してすぐ、消火していませんか?

おはようございます。吉野実岐子です。

「これやります」「これ続けます」と宣言して、せっかくやる気に着火したのに「でも、やらない日もあるかも」「気が変わったら、それもまたよし」なんて、すぐやる気を消火していませんか?

立ち込めるは煙ばかりと、まるで煙を作りたい人のようです。煙を作りたかったでしょうか?自分を煙に巻きたかったでしょうか?

多分、コミットしたら、ハードルが高く感じられて、他人から突っ込まれる前に、自分で突っ込むという防御にはいったのでしょう。

これだと、ごまかす人という心象を生むでしょう。また、ご自身のこととしては、限界を知らず、境界(バウンダリー)の課題をもっているでしょう。目標設定が適切にできていない方の課題は、いつもこれです。そして、自意識過剰とは、境界の課題です。

煙をつくりたいわけではないなら、この課題に深く真摯に取り組んでいくと、周りからの信用も高まります。着火も消火もできるのだから、火事にはなりません。だいじょうぶ!灯った火を大切に守ってくださいね。

欲望は底無しに飲み込める。

おはようございます。吉野実岐子です。

欲望は、底無しに飲み込んでいくことができます。例えば、気分の良くなる経験をします。そうすると、それもカオナシのように飲み込んで、ゲップをしながらも自分の一部にしてしまいます。この状態が、何か/誰かへの執着です。

逆に、苦しい経験をします。それも、カオナシのように飲み込みます。そして、自分のものだと思うから、憎悪が生まれます。憎悪という状態は、苦しい体験を自分の一部だと思っていることを表します。

つまり、執着は快を飲み込んで吐き出さないことから、憎悪は苦を飲み込んで吐き出さないことから、生まれます。それは、他でもなく、あなたの欲望から始まったのです。

執着で苦しんでいるなら、憎悪で苦しんでいるなら、あなたがあなたの欲望を減らすことです。すべては、あなたから始まっています。

秘境?

おはようございます。吉野実岐子です。

今住んでいるところから比較的近くに「秘境」と呼ばれる場所があります。(「近く」という感覚は、メルマガに書いたように、都市部におけるそれと異なります

でも、住んでいる人は「秘境」なんて思っていないわけです。「秘境」は、あくまでも大都市を中心に置いた、大都市で容認されている欲をガッツリ◎としたからこそ、展開する発想であり表現です。

「秘境」からみたら、大都市はきたなくて穢れていてチカチカする、どうしようもない、何だか刺激に満ちているヘロヘロに疲れるところでしょう。名付けようがないでしょう。

でも、大都市からしたら「秘境」と名付けられるのです。それは大都市が寛容だからではありません。限度を知らないという、自然の摂理に反した欲望が溢れかえっているから、どんどん取り込めるだけです。映画『千と千尋の神隠し』に出てくる、カオナシのように、どんどん取り込んで、名付けていけるのは、欲望を中心として、取り込んだものは決して中心にはしないからです。

かつて大都市在住時「秘境」に憧れたことを、そのcentralismを恥ずかしく思っています。大都市はゴミ箱の中のようで、「秘境」はすこしだけ地球のそのままの姿が残されているだけに過ぎないからです。

ディープ奈良。

おはようございます。吉野実岐子です。

名張は三重の端に位置しているため、京都にいた時より奈良へのアクセスが良くなりました。万葉集にうたわれる香具山・畝傍山・耳成山が、身近です。どれも標高200mにも満たない山々です。富山の氷見市立博物館に行った際、展示に「耳成山が縄文期以前に噴火」とあったと記憶しています。名張に住んでいなかったら、見逃しただろう記述でした。「おぉっ、こんなマイナーな山の名がここに」と思ったら、ずい分昔にはむしろ藤原京があったエリアという落ちでした。

ざっくりした話をしますが、地図で奈良県をみると、山でないところが奈良盆地です。奈良盆地は、平安京への遷都以前は、人間社会にとっては中央とされてきた場所ですが、かつて奈良盆地自体が湖だった時代があるそうです。奈良への引っ越しを検討していた際、どこも海抜が低くて、ため池が多かったことに、合点がいきました。

この五月、耳成(みみなし)の辺りは、まほろばキッチンに伺うために、15分ほど歩きましたが、各駅しか止まらない駅なのに、駅から15分歩いても、細かい路地がびっしりあって、古い一軒屋が多々あり、どこに誰が住んでいるか、自治会によって一覧表示されていました。後日調べたら、香具山・畝傍山・耳成山と藤原京の跡は、歴史的風土特別保存地区に指定されていました。

昨年、奈良の吉野に数回行ったとき、お土産屋さんで見たことのない漢方薬が売られていました。それこそ、富山の薬売りが売っていた姿がイメージできる薬です。また、奈良のお寺では、しばしば漢方薬をふんだんに使った入浴剤が売られています。それがとてもよく効くことは、もっと前から知っていました。そしたら、奈良は漢方の材料となる薬草の産地であり、大和当帰など奈良産の生薬の栽培に、力をいれているようだということも、わかってきました。奈良県産の大豆(初めて聞く品種でした)を使ったお豆腐なども、ちょくちょく見かけるので、東京もんからしたら、ちょっとディープな奈良に触れられた気がして、うれしい昨今です。

京都は割と、同じものをネットでも見かけましたが、この辺りでは、同じものをネットではほぼ見かけず、足を使うことに意味があります。縄文期に戻ったかのような感覚で、面白い方へ足が向く感覚を喜んでいます。

欲が少ないと、変容は早まる。

夜になると、ベランダでヨトウムシ(夜盗虫)退治の毎日…。おはようございます。吉野実岐子です。

変容が遅い人は、100パーセント欲深いです。腹黒い人を引き寄せるため、トラブルまみれです。「どうしてこんなことに」と思ってばかりでしょう。もちろん欲深いと、そんな自分は認められませんから、大丈夫なふり・ふつうなふり・被害者になるなどして、苦しみを自己演出します。

変容が早い人ほど、欲が少なく、欲を減らす道を選び続けています。行動力があったり、戦略的だったりすることは、変容スピードにはほとんど関係しません。焼け石に水です。

欲が多いと、もちろん他人に迷惑がかかります。しかし、それだけに留まりません。自分にもうんと迷惑がかかっています。あなたの首を絞めるその手は、あなたの手です。絞めながら苦しみながらで、二者同時に演じるのは、さぞかし大変でしょうね。

荒れた指が伝えてくれること。

おはようございます。吉野実岐子です。

皮膚があれたら、外的要因だけでなく、内的要因にもアクセスしましょう。

手のひらや手の指、足裏や足指や足の甲などは、西洋医学よりずっと歴史の長い東洋医学によって、反射区や経絡がクリアになっています。

他の分野と同様「ここはこうでした」と、後世により進歩をみいだされる可能性もありますが、現時点でもかなり精度の高い知恵の結晶でしょう。

薬を塗って症状を消しただけでは、症状が出た機会を、変容のチャンスとしては使えていません。画像検索などで、どれも対応表を簡単に手に入れられます。

例えば、思い当たる外的要因がなく、手の中指と小指だけ荒れたら、手のひらのほぼ中央を押してみてください。痛いはずです。心臓におおきな負担がかかっています。

マグネシウム不足かもしれないし、漢方で体質改善が有効かもしれないし、思う以上に職場でのストレスにやられているかもしれません。そんな風に、因数分解していき、事実をひとつずつ変えていけるチャンスに恵まれています。

問題解決という、現状維持のフィールドから飛び出て、ビジョンを形にしていく癖は、手荒れからもつけていけます。わたしたちは、生きたいビジョンを形にするチャンスに恵まれ放題なのです。

毎日やることにplus

おはようございます。吉野実岐子です。

毎日やる色々に、最近はDVDを使ってのピラティスをplusしました。毎年、特に5月半ばからは、じんわり汗をかくこと大切にしています。寝たままできるマットピラティスは、じんわり汗をかくのに、ぴったりなのです。

DVDを買ったのは、昨夏でした。しかし、買って間もないパソコンの外付けDVDドライブの動作が不安定で、昨秋には再生できる日はもはや運が向いていると思えるほどになりました。今冬にはパソコンメーカーの対応にも仰天したりして、DVD全般から遠のいていました。

しかし今春、ちょうど仕事のトレーニングでDVDを見ないといけなくなり、止むを得ずポータブルDVDプレイヤーを買いました。そしたら、毎日のピラティスも合わせて復活できました。

わたしが使っているDVD “Classical Pilates Technique: The Complete Mat Workout Series” は、そこそこです。細やかに注意を促さないだけでなく、ピラティスの呼吸の説明などがありません。さらに、すべてがスーパークイックに展開します。リラックスを促された次の瞬間、別のワークが始まり、びっくりします。ピラティスを毎週先生から一年以上習った方は、復習として使えるでしょう。

ただ、ピラティス自体は、睡眠時間は足りているのに眠いときなど、身体の細部を有機的につなげて、シャキッと内から目覚めさせてくれます。高温多湿の日にも寝たままできて、DVDだからアポをとる必要もなく、助かっています。

都市部に住んでいたら、DVDで学ぶことはまずありませんでした。これは、田舎暮らしがわたしに開いてくれた扉でもあります。しばらくは、無理なく続けられる環境設定が、可能にしてくれることを、楽しんで喜んでいきたいです。

音のないおなら。

山吹に似た花、キンシバイをたくさん見かけます。おはようございます。吉野実岐子です。

自分の認めたくない自分に、素知らぬふりする方が、まぁ多いこと多いこと、びっくりします。ご本人隠しているつもりみたいです。

でも、どんなに隠しても、それは音のないおならのようなもの、周りはみんな気づいています。気づかぬふりをしながら、内心臭さに顔を歪めているのです。

欲深い人は、演出します。装ってはうまくだませたとにんまりし、調子を合わせている周りの真意に気づけません。誰も「王様は裸だ」とあなたに言ってくれないのです。いえ、言われても雑音の一部にしてしまうのでしょう。

くっさいおならをぷっぷかぷーとしながら、調子に乗って、ますます認めたい自分だけを見ていると、人にわかってもらえないと思うことが増えます。

人はあなたをわかっています。だって、おなら散々嗅がされて、倒れそうになっていますからね。それにも気づかず、うまくだませたしてやったりと振舞うあなたが、あなたをわかっていないのです。わかってもらえないと悩む方は、自分の強欲さを認め、少しでも清さに向かう(あなたにとっては)面倒くささを引き受けることが、スタートラインになるでしょう。