昨日から、二十四節気では「芒種」に入りました。おはようございます。吉野実岐子です。

何でも好機にしていける人は、遊び心が継続しています。誰でもやらなければならないことは持っていますが、そこに好奇心を向けて、遊びに変えてしまえるのです。「やらねば」と緊急にせず、日常を緊急の連続という非日常に変えないでいられます。

好奇心を向けて遊びにできると、余裕のないところにも余裕を生んでいけます。不安や恐怖は冒険に早変わりし、「よし、行ってみようか」と地に足がつきます。原点は、子供の頃、日が暮れるまで遊んだあの経験です。

あの頃、ただ朝起きただけで、もう楽しくありませんでしたか?何かがあるから楽しいのではなく、雨降りでも、お母さんが不機嫌でも、結局そもそもが楽しくて、「楽しもう」なんて力む必要はありませんでした。

今「楽しもう」と気張る瞬間があったり、「やらねば」と時間に追い立てられているなら、きっとその感覚をあの頃に置き忘れてきてしまったのでしょう。

以前、わたしの甥は、ほっぺたをむにっとくっつけて「おやすみ」と挨拶した翌朝、寝起きのわたしの顔を見るなり、目をキラキラ輝かせながら「みきちゃんのほっぺー!!!」と言いました。

それは「あぁ、わたしにはほっぺたがある!ほっぺたがあるって最高だ。ほっぺたがある自分が誇らしい。わたしにはほっぺたがあるから何が起きても、大丈夫!」と瞬時に思えるような経験でした。

この時、彼はわたしに何をしたのでしょうか?ただわたしのほっぺたが存ることを、100%愛でたのす。そして、この力は誰にでも備わっています。一人も欠けず、みんなに備わった力です。そして、わたしたちがこの力を使うとき、どんな条件下であっても、わたしたちは「そもそもが楽しいから、嫌なことがあっても結局楽しくなっちゃうんだよね」という状態に入ります。誰もが入れる状態です。

わたしたちって、すばらしいでしょ?生まれつきすばらしいんです。