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おはようございます。吉野実岐子です。

英語って「今のところはとりあえず、じゃあこれを共通言語ということで…」という感覚で、共通言語としてのこの勢力を獲得していったのだろうと思います。そこに、英語でなければならなかった確固たる理由なんてなかったでしょう。

単に「じゃあ、とりあえずはこれで」という仮がなんとなく、継続されていって「じゃあ、とりあえずこれだと、コスト低いし」のように、とりあえずが勢力を伸ばしていって、グローバル・スタンダードなんていう仰々しい名前で呼ばれていることは、英語に限らず、よくありませんか?

積極的には選ばないけれど、消去法では残ってしまったものは、時にわたしたちに安心感(安心ではない)をもたらします。消せなかったから重要だと発想してしまうのでしょう。

「とりあえず」と後ろ向きに選ばれていっては、すごい勢力になっている企業や考え方は、実にたくさんあって、まじまじと見てみると、ギョッとします。

「とりあえず」の先には、無難だとみんなが判断する世界が広がっているため「みんなで渡れば怖くない」とも、思いやすいでしょう。そうやって、力を与えようとは思っていなかった「とりあえず」が、力を持ち始めると、世界の価値基準が大きくシフトします。

「大好きだから」や「こんな確固たる理由があるから」ではなく、「とりあえず」が一番力をもっている世界を、わたしは気持ち悪いと思っています。そして、うつくしい人生や自然豊かな地球やみんながにこにこする人間社会は、その先には微塵も見えてこないです。