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赤紫蘇ジュースをつくりました。おはようございます。吉野実岐子です。

「緊張感をもって、自分のところは大丈夫なんて思わずに、備えないと」という言葉に驚きました。なんという分離感でしょう。さらに、備えとはこうした、なにか辛い嫌なことに自分を直面させるような、緊張したものではありません。備えは、非日常に属しません。

備えは、日常に属します。安心を広げていくために行うのが、備えです。自分のところも誰かのところもつながっている一体感が大前提だから、その過程で新しい視点を得られて面白かったり、盲点に気づいてより足元を固めることができたりするものです。

誰かが不幸でも「自分は逃れたからラッキー」「テレビ消しちゃえばいいもんね」と密かに安堵できるなら、分離感ゆえ普段から孤独を怖れるでしょう。不安が多いでしょう。妄想が生んでいるだけの恐怖を、本能のそれとすり替え、正当化しているでしょう。危機管理能力が失われていて、重大な危機になるまで何もせずただやり過ごすことを「よく我慢した」と褒めるような、トンチンカンなことをしているでしょう。

備えるために、緊張感を高めるのは間違っています。ただ安心を広げていき、日々の安全をより確かなものにしていくことが、備えです。緊急避難グッズの用意など、備えに対して腰が重いなら、あなたの生きている世界では、備えが非日常に属しています。それはあやまりです。