Tags

ちょうど来週の夜9時に、ワークショップのお申込みを、しめ切らせて頂きます。おはようございます。吉野実岐子です。

「優先席の付近では、携帯電話のスイッチをお切りください」「通話はデッキでご使用ください」そんなアナウンスが流れ続けることを、みなさんはどう感じていらっしゃいいますか?「どうしたら流さなくて済む人間社会になるんだろう?」という問いはお持ちですか?

上のようなアナウンスが流れる理由は、みんな知っているでしょう。知識では人は動かず、思いやりを持てると人が動く例と言えるかもしれません。では、どうしたら思いやりをもてるのでしょう?

小さい子に「おもちゃの気持ちになりなさい」「お母さん/お父さんが嫌なことを止めて」などと言っても、思いやりは育まれません。特に後者は、母親/父親の未熟さだけを表しています。あなたを安定させるために、人が存在しているのではないことを、未だに理解できていないからです。

思いやりをもつには、思いやってもらうことからではないでしょうか?親に褒められたいからと、思いやりあるように見える行動を示すことは、その子が思いやりを育んだ証とは違います。ここは区別しましょう。

子供はまず自分が安定する必要があり、好き嫌いを持つ必要があります。さらに、虚構と現実の区別もわかっていないので、強い刺激からは遠ざけてもらう必要があります。でも、そんな中でも「自分を安定させてくれる人」、すなわち「好きな人」が悲しんでいると、自分も安定しなくなることを自覚します。そしてそれ以前に「好きな人」が、自分に何かを譲ってくれた経験があるほど、それが現実的な行動の選択肢にあがってきます。そして、まずは「自分を安定させる」ために、悲しんでいる「好きな人」に思いやりにも見える態度を見せていきます。これの繰り返しで、思いやりが形成されるといえるでしょう。

思いやりでゆずりあって、だからみんながスムーズに動いて行って、摩擦も小さくなっていく、そんな人間社会を、わたしたちは今からでも創っていけるのではないでしょうか?