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朝少し散歩したら、祖母が大好きだったツユクサがきれいでした。おはようございます。吉野実岐子です。

セクシュアルな表現というと、隠れた意図がありながら、相手を思い通りに動かすゲーム感覚が、内側によみがえる人が多いようです。しかし、それは全く違います。

単に、自分が存分に女性/男性であるところから(自分が女性/男性であることに抗わず、ひれ伏すところから)、相手の自分と逆の性という決定的な違いを、ちゃんと見る感覚から、セクシュアルな表現は自然に生まれていきます。

競争するような貶める感覚ではなく、尊重しあうことで互いを上げていくような感覚から、セクシュアルな表現は生まれるのです。セクシュアルな表現の親は女性性/男性性への尊重です。エロは基本的に、競争するような貶める感覚の方から、生まれます。

パートナーがきちんと男性/女性であるとき、みなさんは女性/男性であることにただ満ちる道へ誘われます。「あぁ、女性/男性に生まれてよかった~」と喜びが溢れてきて、女性/男性であることを誇りに思います。そう感じさせてくれた相手を、忘れることはできないでしょう。代わりのないかけがえない存在に、自分を戻してくれた相手だからです。

その場所から、男女という決定的な違いに身を置くとき、出てくるセクシュアルな表現は、驚くほどセクシュアルな外見ではない言葉から成るでしょう。

セクシュアルな表現は、記号としての男性や女性をなぞるという、「わたしは誰かの代わりです」と高らかに宣言してしまうあやまりとは、真逆に存在しています。セクシュアルな表現は「わたしもあなたも代わりのいない、かけがえのない存在だ」と高らかに宣言し、あなたが正しい位置に戻ったところから、生まれえるのです。