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ブーゲンビリアを植えました。おはようございます。吉野実岐子です。

いいものをいいと高らかに宣言できても、わるいものはわるいと言う、すなわち苦言は呈せないなんてことは、ありませんか?

「これは誰がなんといおうとよいのだ。わたしはこの良さを確かに知ってしまったんだ」と胸を張るとき、そこには自らも肯定する誇りがあります。アイロンをパリッとかけたハンカチのように、ぴしっとした潔さがあり、そこからよごれた何かは感じづらいでしょう。これは自らのいのちをまもれる態度です。

それなのに、苦言は呈せないのは、なぜでしょう?これはいわば、心を閉じているのです。苦言を呈している内は会話も続き、人間関係も続きます。まずは、苦言を呈することが、心を開いた状態にあることを、受け取っていきませんか?

心を閉じていると、悪いものについて、くしゃくしゃに丸めた鼻紙みたいにしてしまい、自分の中でごにょごにょ言い連ねては、自分を丸め込んでしまうことになります。そうなるともう、五里霧中です。人生が複雑になるスピードも駆け足になります。

慣れ親しんだごにょごにょにさよならし、何より自分のいのちをまもるために、安全を創り出すために、あっけらかんと潔く苦言を呈していくことは、あなたの器も広げてくれます。馴れ合いという孤独と危険から、あなたを救い出してくれるでしょう。