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名張川もすっかり水の感じが、冬のそれになりました。おはようございます。吉野実岐子です。

ビジョンを描けずに、無難であることを目指してしまう方が、かなりの数いらっしゃいます。もっと踏み込んでいうなら、無難(問題がない)でOKになるかというと、実はそこから問題探しに走ってしまうのです。無難だとやることがなくなって、それを手持ち無沙汰に感じてしまうのです。

やることがなくなって、どうしたらいいかわからなくなって、他人の問題に首を突っ込んでは、喜ばれるという報酬を得てみたり、鼻先を叩かれるような痛い思いをしながら、やっぱり途方に暮れる感覚に戻って来てしまうのです。でも、そこでビジョンを描く方へは行けないのです。

こうした方は、特に2歳以下の時期において、養育者から同調されずに育っています。親(養育者)が自分のことで手一杯で取り巻くすべてに敵対的な姿勢だったり、びくびくしながら揺れる薄のように「これでいいのかな。合っているのかな」と親になっていて、自分の生んだ赤ちゃんに慰めてもらおうとしたりしています。

そうやって育つと、何か技能を磨くことはできても、その先が展開しづらいのです。作業効率をUPさせたり、手順の入れ替えなど、マネージメント能力はあげられるし、例えば英語を通訳レベルに上げるような、個々の高い技能は持てます。でも、ではその技能をどう使っていきたいのかというビジョンを描けずに、右往左往します。あれもこれも違う気がして、ちょっと手を出してはひっこめながら、やっぱりビジョンは描けないままで、その結果その高い技能も宝の持ち腐れとなってしまうのです。

ビジョンを描く力を取り戻していくには、たとえゆっくりでも、かいつまんででも、自分の生育歴を振り返っていく必要があります。その踏み出した、小さな一歩を思い切り信じてあげて下さい。