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おひつですが、スポンジであらい熱湯をかけたら、野菜を干すネットにいれ、棹に吊るして干しています。おはようございます。吉野実岐子です。

限界までやったと思ってもまだ実は余力があったり、まだまだと思っていたら限界を超えていたりと、わたしたちは、やらな過ぎる(サボり過ぎ)かやり過ぎか、どちらかの傾向を持ちます。

その傾向を知っておくことは、あなたが次にブレーキを踏むか、アクセルを踏むかを適切に判断していくサポートになるでしょう。

この傾向が生まれていく中で、比較的変えていきやすい領域は、遅くとも小学生までの間に、親/先生/友人たちなどから、どちらの影響を受けたのか、過去を整理整頓して、見出していくことです。あなたは、サボり過ぎ、やり過ぎ、どちらでしょうか?

サボり過ぎの場合、小学生までの間に接した親/先生/友人たちの内、あなたを過保護にした人の真似をして、あなたは過去の人まで喜ばせようとしています。親/先生/友人たちの内、あなたを過保護にした人は、本当はあなたを勇気づけてあげるべきでした。過去の人の失敗を真似して、彼らを喜ばせようとすることはもう終わりにしませんか?「もっとやれたな」「こわくなってすぐやめてしまうな」「あんな風にやりたいな」と思うことが多いなら、自分を勇気づける習慣を身につけましょう。

やり過ぎの場合、小学生までの間に接した親/先生/友人たちの内、あなたにプレッシャーをかけ続けた人の真似をして、あなたは過去の人まで喜ばせようとしています。親/先生/友人たちの内、あなたにプレッシャーをかけ続けた人は、本当はあなたに限界を受けいれること、それでもあなたという人は素晴らしいままであることを、教えてあげるべきでした。過去の人の失敗を真似して、彼らを喜ばせようとすることはもう終わりにしましょう。

「ついやり過ぎてしまった」「この姿を見せて喜んでもらいたい」「もっとできる思うと気持ちが楽になる」と思うことが多いなら、自分に限界を受けいれるということが責任のはじまりであり、それはあなたを素晴らしいままに保つのだと伝える習慣を身につけましょう。

持っている傾向は、そのどちらであっても、突然ゼロになるのではなく、徐々にその程度が小さくなっていく形で変化を見せます。ブレーキもアクセルも、持っていればいいわけではありません。どちらも、不適切なタイミングで、不適切な強さで踏めば、事故になります。さらに、どちらも適切なタイミングで適切な強さで踏めば、人生をたのしく晴れやかにしてくれます。より晴れやかな楽しい方へ、ご自身を誘ってあげませんか?