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今募集中のワークショップ、お席あと二つになりました。おはようございます。吉野実岐子です。

子供への虐待は、英語では”Child Abuse”と表します。接頭辞のab-は「~から離れた」の意味ですから、Abuse自体は、日本語では「乱用/悪用」などと訳されたりもします。本来のuseから離れたuseをしていくことが、”Abuse”です。

日本語で子供への虐待というと、子供が何日もお風呂に入っていなかったり、身体に痣があったりといった、身体的虐待ばかり目が向くようなのですが、すべての”Abuse”が、虐待にあたります。例えば、親が自分の無力感を子供を使って軽減しようとしていると、幼稚園児でも「絵がうまいか下手か」に引っかかってしまい、お絵かきを純粋に楽しめなくなります。これは虐待があることを表します。また、親が子供を使って生きて行こうとすることも、”Abuse”です。子供を通じて、自分の居場所が得られることに親が安堵しているなら、親が子を虐待しているということです。

上記を読んで「大袈裟な」と思う方は、ご自身がそうされてきているし、なおかつご自身もお子さんに既にそうされています。「自分が虐待されてきた」とフラットに認めることも難しいし、「自分がしていたことが虐待だった」と素直になることにも、葛藤があるでしょう。でも、それはあなた自身の回復の道でもあります。

子供時代の虐待は、あらゆる精神疾患および認知症の発症リスクを高めることが、判っています。あらゆる精神疾患および認知症の誘因になっていくのです。(認知症については、”Abuse”された経験がある人が、セラピーなどを経験しないままだと、優位に発症します)上記のような例でも、子供の脳には着実に傷がついていくのです。尊厳を奪われて育った大人が、子供の尊厳を奪っていく姿には、慟哭しますし、正面から異議を唱えます。

子供に限らず、何かを”Abuse”するすべての人が、ビジョンを描けていません。自分のビジョンを知らないから、さまよってしまい、無難を目指しては逆に不安を増大化させてしまうのです。この年初、自分のビジョンを描いて、あなたの尊厳が取り戻されていく一歩を、前に踏み出しませんか?