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菜の花が咲きました。おはようございます。吉野実岐子です。

もし皆さんが、自分が”Child Abuse”されていたかもしれないと、今震えているなら、それが恥でも悪でもないことを、まず強調しておきます。あなたが”Child Abuse”されたのは、明確にあなたの責任ではありません。あなたの責任ではないことを受けいれ、あなたを”Child Abuse”した当時の大人(多くは親でしょう)を、正しくあきらめていく必要があります。

というのは、”Child Abuse”されていた方は「でも、自分が悪い子だったから」「自分が恥をかかせたから」と、自分のせいにしては親を過大評価し、自分の中で親をなんとか理想に近いイメージに保とうとしがちだからです。残念ながら、みなさんの親に健やかな家族としての機能を期待するのは、無理なのです。親の病理をあなたが理解し、距離を取っていきましょう。親を正しくあきらめていきましょう。

同時に、”Child Abuse”されていたと薄々でも認める勇気を出せたなら、どうかあともう一歩だけ、こらえながら進んでください。それは誰か援助者(友人知人兄弟親戚ではない、利害関係にないプロフェッショナル)を手に入れるということです。最初の一歩は、中身や技能より、とにかくみなさんが安心できる相手を選ぶことです。そこで、話をしていく内に、親の人生と自分の人生は、関係はあるけれど同時に別物なのだと、肚に落ちてくるようになります。そこから、どうか回復の道にい続けてください。

なぜなら、”Child Abuse”されていたのなら、ほとんどのケースで脳に傷がついています。これはメンタルが弱くなっているといえる、精神疾患や認知症の発症リスクが高まっている状態です。例えば今、”Child Abuse”されていたあなたは、まるでその過去を塞ぐように、社会的地位があり、温かく見える家庭を築いていて、あの頃に見せつけるように、多くの人に囲まれているかもしれません。

でも、もしプライドを重視して回復の道から逸れると、自分が傷ついているが故の脆弱さが、何かの拍子に牙をむくことになります。天災が起きて、そこで一気に崩れていくこともあります。親が亡くなって、一気に崩れていくこともあります。そのきっかけが何かは、人それぞれです。

何事もそうですが、事が重大化したり、複雑化する前に手をつければ、あっけらかんと健やかな状態や明るい状態に戻れたりします。でも、少し先延ばししただけで、二度とそうした健やかさや明るさにたどり着けなくなることもあります。ですから、少しでも”Child Abuse”されていたかもしれないと思えたなら、どうぞ回復の道の上に、勇気をもって自分をおき、そこにい続けて下さい。急がなくていいけれど、その道から降りることはなさらず、あなた自身に尊厳(Dignity)が戻る可能性に、ご自身をひらいてみてください。

そして、どんなに傷ついたボロボロの状態にある方にも、ビジョンは実体ある安心をもたらすものとして、機能していくことをお伝えしておきます。