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今年はご先祖様が住んでいた土地が、何度も大雪に見舞われ、とても気にしています。おはようございます。吉野実岐子です。

季節外れのトピックですが、東京の盆踊りでは、「東京音頭」(東京)「炭坑節」(福岡)の二曲がたいてい流れます。父の東京への思い入れの強さを、小さいときは理解できませんでした。しかし、家系図をつくる中で、父が一緒に住んでいた曽祖父が東京への思いを持ち、家父長制とその名残から、父は曽祖父に従っていただけだと解ったとき、雑味が消えたような感覚になりました。

つまり、父の東京への思いの強さは、明治に入り氷見(かつての能登国)から出てきた曽祖父の、東京に象徴される新生活への覚悟の高さだったのです。それを受け取って「東京音頭」をきいた時、じんわり来ました。曽祖父が選んだのは隅田川沿いの土地ですが(家から隅田川花火大会が見えました)、ちょうど東京音頭に「月は隅田の 月は隅田の屋形船」と出てきます。まだ東京が「花の都」だった頃、曽祖父とほぼ同学年で、童謡詩人として名を馳せた西條八十が、作詞したものでした。

ちなみに、西條八十は金子みすゞを見出した人です。軍歌も作ったようですが「東京音頭」内の「幼馴染の チョイト 観音様は 屋根の月さえ 屋根の月さえ なつかしや」なども、解釈によっては響きます。さすが童謡詩人だなぁと思います。引越しの多かったわたしの心の幼馴染は、はじめに住んだ川越にある「喜多院」の阿弥陀如来でした。

童謡詩人には、今でも憧れます。わたしも、これからでもなりたいなぁと、胸ふくらませています。曽祖父の妹は、今わたしの住む三重に嫁ぎました。今わたしが住んでいるのも、きっとご縁ですね。