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コーヒーの焙煎度合いは、音楽で言うところの「ジャンル」に当たるそうです。そんな風に捉えたこと、なかったな~。おはようございます。吉野実岐子です。

ワークショップ用の音楽を探すため、クラシックミュージックにどっぷり浸っていました。はじめはセヴラック(Déodat de Séverac)の曲を聴いていましたが、手持ちのAldo Ciccoliniさんが演奏したものと、別のピアニストが弾いたものの音があまりに違い、戸惑いました。

ピアノ自体の種類や年代に拠るのかと思いましたが、Aldo Ciccoliniさんの弾いたものだけ、音が純粋でかわいくて甘く、おいしい湧き水のようなのです。さらに、あまり好きでなかったサティーの曲なども、Aldo Ciccoliniさんが弾いたものは、聞いていられます。もちろん、巨匠と言われる方ですが、ただ他の巨匠の音は濁って聞こえたり、くぐもって高湿度の感じがあったり、重かったりして、すぐお腹いっぱいになる感じでした。

そこで『アルド・チッコリーニ わが人生 ピアノ演奏の秘密』(パスカル・ル・コール著、2008年)を取り寄せて読み始めてみました。そしたら、第二次世界大戦中、ピアノに触れられなかった数年があり、また家族を養うためにバーで弾いていたときには「今日すべてのピアニストは「聴いてもらえない中で弾く」という不愉快な印象を乗り越えるために、ピアノ・バーの経験をする必要が少しあると思います。」と、後に振り返ることができるような経験をされていました。また、ピアノを弾き始めた幼少期から「ピアノを弾くということは喜び以上のもので、それは必要不可欠、差し迫ったものだったのです」とありました。さらに「私のピアニストとしての夢は、人の声をまねることでした。」とあったのです。

はじめの情熱と、ピアノに対する真摯な「差し迫った」故の謙虚さは、ピアノを弾けなかった時期を「私は何も獲得しませんでしたが、とにかく何も失いもしなかった」と、ご自身に認識させています。さらに「聴いてもらえない中で弾く」経験が、彼の音をここまでかわいく澄んだものにしたように、受け取りました。

まだ、読み途中なのですが、アルド・チッコリーニさんは、75歳以降、ピアノがぐんぐんうまくなった方なのです。鍵盤を捉える正確さは、時に「つまらない」と批評されるほどで、楽曲の本質に迫りたいが故に、長らく名だたる作曲家の演奏には手をつけなかったとも言われているそうです。89歳で亡くなられていますが、88歳でもCD収録を行っています。

聴き手との間に、幼子のようにすっと絆を結んでしまう純粋な音は、鋭利なほどに正確に鍵盤を捉えながら高度な技巧も持ち合わせるのに、テクニックには溺れなかった理由を、くっきりと浮かび上がらせてくれるように思います。聞いていると、ただ「ピアノが好きだ~音楽が好きだ~」といった喜びしか、伝わってこないのです。この喜び以上の差し迫ったものがすべてを凌駕してきた、そのために裏打ちされたとんでもない努力と、人の声をまねる夢に向かう、とっても謙虚で真摯でかわいい心の持ち主に、胸がキュンキュンしながら、深く頭を垂れました。