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もうすぐバレンタインですね!おはようございます。吉野実岐子です。

以前、どこまでを1ユニットとらえるかが大事だと書きました。自律していないと、この課題を持ちます。そうすると、生産効率を高めるために寿命を縮める選択しかできなくなります。つまり、どこからが始まりでどこまでで終わりかが解っていない人が、寿命を縮めて生産効率があがることに、飛びついていきます。仮に自立していても、自律していないのです。

例えば、私はウォーキングの前後に、必ずすることがあります。それを含んで、ウォーキングという1ユニットだと捉えています。

どなたでも、必ずできることとしてお伝えすると、ウォーキング前には負荷のとても低い筋トレを、計15分ほど行っています。毎日しても絶対に怪我しないレベルの、準備運動代わりにもなるものです。「これから運動するよ」と身体に伝え、身体をびっくりさせないようにしています。足の三里などに、シール鍼を置き鍼したりもします。

ウォーキング直後には、ストレッチポールに乗ったり、足湯をしたりします。本格的なストレッチ等は、毎晩欠かさず、入浴後に行っているので、直後には行っていません。

ウォーキングの前後に、各約20分ずつ時間を使っていることになります。だから「2時間ウォーキングをしたければ、2時間40分切り出す必要がある」と発想しています。

例えば、直前まで電話をしていて、バタバタとウォーキングに出かけたり、帰ってきてすぐ夕食の支度に取り掛かるようなことはしません。それだと、ウォーキングという1ユニットが、始まってもいないし完了してもいません。

多くの方が、上記のようなことをして、ウォーキング(例に過ぎません)が続かなくなります。疲れを残し、日々の変化を認識できないからです。そうやって、始まってもいないし完了してもいない雑なことを積み重ねていると、寿命が削られて行き、心も疲弊していきます。

本当に健やかなことが、寿命を削ることはありません。本当に健やかな考えが、心を疲弊させるはずがありません。改めて落ち着いて、寿命を全うできて、心も可愛くなる考えや方法を再選択すべき時ではないでしょうか?もちろん個人レベルだけではなく、地球全体にも言えることです。