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昨日は、雪もあられも降りました。おはようございます。吉野実岐子です。

「こわいから止まる」「痛いから止まる」のは、こわさや痛みが正しく機能した例といえるでしょう。

では「こわいから留まり続ける」「痛いから留まり続ける」は、どうでしょうか?上記と全く意味がちがうことに、お気づきでしょうか?

こわいから止まり、そこで動けなくなってしまうなら、あなたは怖さに力を与え続けています。実はこわさとは離れがたく、つまり恐怖に依存しています。

痛みも同じです。痛みから止まり、振り返って再選択したでしょうか?ただ痛いからとうずくまり続けるなら、痛みに仕えています。痛みを忘れないようにして、何かに復讐しているということです。

恐怖や痛みがずっと続くと思っている間は、他でもない自分自身が恐怖や痛みを覚えておこうとしています。痛みや恐怖がそこから退かないのではなく、痛みや恐怖がそこにどでんと居座れるよう、力を与え続けているのは、他ならぬあなた自身なのです。

そうやって、前に進むことを妨害するものに力を与え続ける人が、正しい澄んだ生き方をしていることはありません。