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芹とほうれん草と大根で胡麻和えしたら、おいしかったです。おはようございます。吉野実岐子です。

「ほんとにやってないのに」「また誤解されたらどうしよう」「もう批判されるのはたくさん」こんな思いを抱いている時、実はそういう経験をした自分をゆるせないでいます。

失敗ととらえて、そんな自分をゆるせないでいるのです。人生なんて、毎日が腕試しのようなものなのに、昇進試験か何かのように捉えては、失敗した自分をゆるせないでいるのです。

日常において、腕試しが続いていることに気づかず、失敗した瞬間だけを非日常として捉え、その失敗で自分が「居場所」を失ったと勘違いしているのです。比喩で言うと、ただ歩いていてもスカウトされるのに、バッチリ決めてオーディションに行かなくちゃと思い込んで、オーディションが怖くなってしまっているのです。

オーディションに落ちても、スカウトされることはあります。常に腕試しなのに、失敗と言うレッテルは必要でしょうか? 理解の質には、誤解があるものです。捉え方が違って当たり前なのに、それを誤解と呼ぶなら、心が狭くありませんか?

失敗していないのに失敗したと言われ続けている自分も、解放してあげてください。そうなった自分を、ついうっかり許してあげてください。それがオープンハートの一側面です。心の奥までひらいて、風を入れてあげませんか?