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おはようございます。吉野実岐子です。5月5日(土・祝)ワークショップ「Heart Opening Moments」では、こんなものも使っていきます。

農家さんで、80代になっても日に何度も田畑に足を運ぶ方は、後姿がうつくしくて、足腰がその辺の20代よりよっぽどしっかりしていらっしゃいます。都会で朝6時から、節制したお食事をしながら、ジムでハードなトレーニングをしている方からすると「なんで??」となるかもしれません。いえ、かなしいかな、それすら思えないから、まだ都会暮らしをし続けているのでしょう。

ジムに行くと、どの箇所にどんな風に筋肉がついているかを、左右差も含め、細かく知ることができたりします。さらに、どうしたらいいかまで、細かく指導して下さるところもあるでしょう。それなのに、なぜ80代になったときに、農家さんのあの頼もしく美しい体つきは得られていないのでしょうか?

それは、ジムでの運動が、イメージ(バーチャル)に軸足を置いて、部分を見ていくやり方だからです。「あなたの年代だと、ここにもっと筋肉があった方がいい」「ここには筋肉をつけない方が、ラインが美しい」「こういう動きをすれば、ここだけ筋肉をつけられる」といった、発想や指導が全く無意味なわけではありません。サラダのトッピングを変えるように使わせて頂くことは、わたしもあります。しかし、トッピング止まりで、サラダ本体にはなりえないのです。

農家さんの日々の運動は、農作業という現実に軸足をおいて、天候や次世代を見据えずにはできない土づくりなど、否が応にも全体を見据えずにはいられないやり方です。世代平均と比べた身体作りや憧れボディーを目指しての身体作りのような、イメージを追うものではありません。あくまでも農作業ができる身体が、結果的につくられていくものです。農家さんは運動のために農作業しているわけではなくて、農作業が結果的に運動になってしまっているだけですね。メルマガを読んだ方は、ピンと来たかもしれませんが、全体を見据えると必ず「結果的に」となるのです。

結果的にいい運動になっていて、結果的に足腰がしっかりして、結果的に姿勢がうつくしくなるというプロセスは、自らのすべてを変えながら、そうした結果をもたらします。一方で、ジムでの運動などは、自分の一部だけまるで部品を交換するように鍛えることができるから、自分をすべて変えなくていいという不自然さ(みなさんは「手軽さ」と呼んでいるかもしれません)を土台にしています。この不自然さがどれほど恐ろしいことか、まだまだみなさんは腑に落ちていらっしゃらないのだろうと思います。

だから「ハートだけをひらく」という発想や、「心を殺して」働き続けるようなことが、蔓延しているのでしょう。人間は機械ではありません。一つ変わるということは、ドミノ倒しが起きて、すべてが変わるということなのです。それなのに、一つだけ変えて他は変えないでいられるというやり方を導入するなら、それは決して大げさではなく「人間をやめる」ということになります。そこから「一人が抜けても回るのが、いい企業だ」という恐ろしさ、つまりは企業が増えていく恐ろしさが一体何なのか、はっきり理解される日が来るでしょう。