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小松菜の花期が長くて、うれしい驚きです。おはようございます。吉野実岐子です。

みなさん、一時停止したことがおありだと思います。小道から車の往来の激しい通りに出たら、よくよく右を見て左を見て、それから道を渡ったりしますよね?「なんかおかしい」と思って、手を止めてそれまでの仕事を見直したら、ミスが見つかったりします。わたしたちは、そんな風にスピードや方向が変わる時、一時停止します。それは、とても自然なことです。

ただし、一時停止を一時間続けたりしません。あるいは、一時停止を何年も続けたりしません。ところが、昨日触れた慰めを得続けたい方達というのは、一時停止し続け、それが周りの迷惑になっていることすら、自覚しません。車の運転をする方、前の車がウィンカーを出したまま、いつまでも一時停止し続けたら、道路はどうなるでしょうか?

かつてビデオテープがあった頃、一時停止ばかりすると、テープは擦り切れませんでしたか?同じように「ねぇ、慰めて」「ねぇ、あやして」と、慰めばかり求め続けて、自分を変えない人たちは、そのいのちが擦り切れていっています。

生きるとは、あくまでも前に進むことです。前に進むために、自分を変え続けることです。一時停止が、生きようとする者がとる姿勢でないことは、明白です。だって、銅像は生きていませんからね〜!