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水ナスの美味しいレシピ、研究中です。おはようございます。吉野実岐子です。

大人が自律した状態とは、全体の調和を感じて「すべき」を理解した上で、それが何の葛藤も企てもなく、自分の「したい」になっていく状態です。

(A)自分だけの「したい」は、小学生中学年(程度)以下なら、健全です。しかし、大人になってもそうなら、幼児性が強く、不健全です。

(B)周りを考えているとみられたいが故に、思いやりがあると印象付けたいがゆえに、慎ましく見える自分を気にいっているが故に、自分の「したい」を踏みにじり、なんとなく良さそうな全体の「すべき」を探り当てるように、そちらへ自分を沿わせていくことも、強い幼児性をあらわし不健全です。子供がそうするなら、その子の家庭は、支配 vs 被支配の構造が根付いています。

(A)(B)どちらも、自分を徹底的に中心に置いています。(子供にとってはある年齢まで、自分中心であることは健全です)報いを求める自己犠牲が、いかにただの策略に満ちた自己中心的な態度か、ご理解いただけたでしょうか?

大人の場合、(A)(B)どちらも他律的な状態にあります。(A)の人は、結局周りに多大な迷惑をかけることになり、周りからストップがかかり、動けなくなります。(B)の人は、強迫的であることが多く、隠れ蓑として、いつも「正しいこたえ」を探しています。

自律していると、全体の調和を感じて導かれた「すべき」と自分の「したい」にズレがあっても、「どうぞ」と全体の調和を感じて導かれた「すべき」の方へ、にこにこしながら譲れるのです。思い残しも、「まぁいいや」という乱雑さもなく、スィーッとそうします。そこにストレスはないので、見返りを求めません。人と関わると疲れてしまうという方の中には、単に他律的であるから、ストレスまみれになっているケースがあります。この場合、自分を健やな方へ変えていくこと自体が、リカバリーになると言えるでしょう。