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きちんと噛める一口(それ以上は、勝手に飲み込んでしまい、胃を悪くする)は、自分の親指の第一関節サイズだそうです。おはようございます。吉野実岐子です。

機能不全家族の中で育った(つまりほとんどの方)アダルトチルドレンという一面を持つ皆さんは、何かの代わりになることに長けているでしょう。

本来の自分で役割に入って、役割自体を拡大したり役割の意義をアップデートするのではなく、役割という枠で自分を切り抜くのです。さしずめ、前者が膨らむパンだとしたら、後者は型をぬかれるクッキーでしょうか?

あるいは、子供は守られる存在ですが、子供のまま大人になっているので、誰かに守られたいといつも強く思っています。そのために、隠れ蓑をいつも探しています。自分をかばってくれる人が、自分に愛情がある人で、まず自分を不安にしないことを第一に考える人が、自分に愛情がある人だと、子供が考える大人像を、大人である相手に求めます。つまり、追いかけている理想の親像を果たしてくれる大人を探し続け、パートナーに自分の理想の親の役割を求めていきます。

しかし、大人が大人をかばうとき、そこにあるのは相手を尊重しない態度です。かばう人は、かばう相手を無力だと見ています。「無力だから庇い、代わってあげなきゃ」と、見下しているのです。愛情ではないことを、今ようやく認識されたでしょうか?

信頼とは、庇わないことです。相手がとるべき責任を、奪わないことです。とるべき責任を取ると決めてから、相手が手を出してきたら、その手は握り返してあげるのが、信頼です。

「お父さんはいつも僕の話を聞いてくれなかった」「お母さんはいつも私を見てくれなかった」こうした想いをパートナーシップに持ち込み、そこからだけつながっていけば、共依存にしかなりえません。だんだんと真綿で首を絞めるように、苦しくなっていく関係です。かなり多くの方が該当します。

大人を庇うような甘さは、大人を放っておけない弱さは、その人が信頼を生きていない証です。