2世紀に、全身麻酔薬があった!

こちらのお申し込みは、本日夜21時までです。おはようございます。吉野実岐子です。

中医について理解を深めようと、気楽に手に取れる『チャイナ・ビュー』(1冊100円)という雑誌のバックナンバーを、いくつか取り寄せてみました。そしたら、そこから、全身麻酔薬を世界で初めて開発したのは、145年頃に生まれた華陀(かだ)だったと知ることができ、驚きました。外科医でもあったそうです。

世界で初めて、全身麻酔による乳がん手術を行った、江戸時代を生きた華岡青洲が使用したそれは、華陀が発明したものの記録をもとにしていたそうです。その40年後の、1846年にアメリカの歯科医師モートンがエーテル麻酔を開発しています。

中国国内での話ではありますが、3月の柔らかい葉のカワラヨモギは薬になるけれど、4月のそれはただのヨモギだいうと、華陀の伝えが残っているそうです。その他、赤紫蘇を魚などの食中毒の治療に使ったりしたそうです。

華陀は、お正月に飲むお屠蘇の考案者だともいわれています。中国から伝わったお屠蘇は、平安時代である811年に宮中で初めて飲まれたそうです。今、普及しているお屠蘇には、桔梗・山椒・肉桂・陳皮・丁子などの生薬が配合され、胃腸を温め、風邪や冷えを予防する処方になっているそうです。

Wholeness(全体性)を生きる、つまりありのままであろうとする方にとっては、こうしたことを知り実践することも、大いに助けになると思い、ご紹介しました。

ハードルを下げる練習。

冷たいのにお腹は冷えない、優しさの詰まったお菓子をお送りいただき、ありがとうございました。おはようございます。吉野実岐子です。

多くの方が、自分に対して要求がましくなっては、自分に過度な緊張を与えて、安心から遠のいています。

思い当たる方は、ハードルを下げる練習が、安心を与えてくれるでしょう。「決めたことは守るんだけれど、その中でうんと楽しちゃうぞ」といった気持ちをもつことが、ハードルを下げたい皆さんの役にたつでしょうか?

例えば、私は気温の変化が激しく例年より寒かった知床で、雨の中、ヒグマが出る可能性が非常に高い所を、レインシューズと上下レインウエアの状態で、歩きました。特に、体力に自信がなかったり、運動神経が悪いと認識している人にとって、雨の中、本州の三月末を思わせる低温の中、しかもヒグマが出るかもしれないエリアを歩くなんて、ストレスにしかならないと思います。

でも、体力がアップしていても、体力に自信はなく、運動神経が悪いわたしにとって、今回このことはあまりチャレンジになりませんでした。それは、すぐぬかるむ名張に住み始めてから、日常であまりにもしょっちゅうレインウエアとレインブーツを身に付けていたからです。レイングッズに対する、特別感が全くありませんでした。

また、マイナス5度でもずっとウォーキングし続けてきたので、身体が気温でなるか大体予測がつきました。ヒグマが恐いのは当たり前で、むしろ恐くないとまずいわけです。だから、それはストレスになりませんでした。

そんなふうにして、日常にいろんな「特別」を埋め込んでいると、ハードルが下がるのです。日常がバラエティにとんでいて、様々な対応を迫られるものであるほど「特別だ」という思いは湧かず、「あ、それね。いつもやってる。大丈夫」といえて、どこにでも安心を持ち込めるようになっていきます。

「タブーの対話」を開催すると決めたのも、同じ理由からです。大人になって、だいぶ経ってから、だいぶ深刻な状態であることをコーチングに来てやっと気づく非常に多くの人を見ると、みなさん友人や家族や同僚に、いい顔ばかり見せているのです。そこに「いいね」と言ってくれて体裁を維持してくれる人しか、周りに置いてこなかったのです。苦言呈する人や、耳の痛いことを言ってもらえる関係はつくれず、あまりにタブーだらけの人生を送ってきています。もし友人達と腹を割って話していれば、ずいぶん前に気づいて手を打てたろうことを、そのまま中年期以降に持ち込む様は、ハッキリ言って異様です。

ここまで読んで「自分は違う」「自分そうじゃない、なんでわかってくれないの」と思った皆さん、ビンゴすぎるほどビンゴです。誰も、あなたの背中をおしません。そんな風にして、あなたを無力とみなすような、あなたを蔑むことはしません。だから、欲しいものは自分で掴みに来てください。

To Create Natural Conditions Artificially

In most of Japan, there has been a deadly heat wave. I stayed in Shiretoko, Hokkaido for five days in the middle of July. Then after that, I jumped into an environment over 35℃ by jumping up 20℃. Hokkaido had a cooler summer than usual. I used over six hand warmers in Shiretoko.

Just as the rainy season was over in Nabari where I live, I arrived at Shiretoko, so I did not expect that such an extremely high temperature would await me in Nabari. The temperature in Shiretoko ranges from 8℃ to 28℃ in July, so it was hard to predict the right range of temperature.

Shiretoko’s weather was like April or March weather in Tokyo. So I used all the hand warmers which I had brought just in case. And also I wore rain gear more than I had planned. The rain gear helped me to keep me warmer. Only one day in five days was comfortable. But it was the last day of Shiretoko, so I enjoyed 35℃ weather from around 18℃.

After experiencing winter or spring weather almost for a week, our body needs some time to tune itself to such a super hot summer weaather. So that first week back was awful for me. I could not sleep well and eat well. But this opportunity gave me some new ideas to create natural conditions artificially.

In temperatures over 35℃, we need to use the air conditioner to survive. But also if we use it for a long time at a low temperature, it causes air conditioner sickness. So, first, I used the dehumidification function of the air conditioner for a few hours while imagining a hot day in autumn. Second, I propped up a silver camping groundsheet against the window which blocks out the sun. It covers only half of the windows, but this amazingly works! Of course, I sprinkle water on my window and balcony as usual.

To create natural conditions artificially, we need to think about the principles of how my room becomes hot. Remembering my science classes as a student has helped me a lot. It has awakened myself about the Earth’s environmentt and where I had stopped thinking about science as well as other things. Anyway, it made me see the silver lining.

「暴力は貧困を癒す」

北海道の乳製品は、本当に美味しかった~!おはようございます。吉野実岐子です。

今回、タブーの対話で使う二冊には、共通点があります。そして、その共通点は皆さんの中にも響き、わたしたちすべてを現実的につなげてくれます。

まずは、著者二人とも、殺めたり喧嘩するような強さを称えるものが、いかに怯えた目をしているかに気づいている点です。勝負や支配・被支配でくくられる貧しい関係性は、人間が育むべき関係性ではないことを、はっきりと伝えてくれています。「あれ?でも、今の人間社会はほぼそれだよね」と、すぐ疑問に思えた方、素晴らしいです。そうなんです。

次に、常に心が定まらず居場所がないと、何かに反抗して自分の飢餓感を示す道に入る脆さを、人は内包するということです。家族が本当に仲の良い状態だけど、貧困ということは稀有です。表沙汰にはなっていなくても、家庭という基礎にヒビが入っていて、それがいじめにつながったり、老年期に入っての兄弟のもめ事として現れるケースもよくあります。

不条理に感じる現実をぐりぐりと絶えず見せつけられるように感じる相手を、いじめたり、やがては殺めたりして生き、その単位が変われば、戦争になっていきます。寄りかかるべきものを失った子供が、凄惨さを身にまとっていく背景には、あまりに十分ともいえる出来事があることを、特に一回目の対話で足場とさせて頂く『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』は、伝えてくれています。この本には「暴力は貧困を癒す」と実感がはっきり書かれていました。

「暴力は貧困を癒す」ここまで明言できるクリアな認識を、皆さんはお持ちだったでしょうか?すなわち「嫌なんだよね」「なんだかな」「胸が痛い」で止めずに、思考し続けることができていましたか?

「自分の中で決着すべき葛藤を」

自由に自然散策していた共有地が貴族のものとなったイギリスで、かつてみんなが利用してきた道は一定のルールのもと自由に散策できる権利を手にした話を読み、面白いなぁと思いました。「土地の表面はパブリックに地中は地主に属する」という発想が、それを支えたそうです。おはようございます。吉野実岐子です。

人生とは創り上げるものだという意識を、みなさんしっかりお持ちでしょうか?自律していない、すなわち他律の状態にあると、そういう意識を持てないでしょう。結果、より一層流されて、被害者に甘んじたり、敵の多い人生を送ることになります。

不運に見えても、自律していると不運に破壊されるのでなく、不運もその一部として、人生を主体的に創り上げていくことができます。それを見せてくれるのが、タブーの対話二回目で使う『ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆』 (朝日文庫) の著者、山口彊さんです。「ファイティング、戦うとは、人を殺めることや人に勝つことを指すのではない。困難なことがあってもなお自らを奮い立たせて生きる(ことだ)」(同著、pp268-269)の一文に、この方がどんな方かをしめすすべてが凝縮されていると言えるのかもしれません。

実際、自律されていたし、そうしようとなさってきた姿は248ページに、如実に表れています。

どういう状況であっても、人は自分から離れることができない。だから私は自分が自分であるよう努めてきた。その結果、この年まで生きて来れた。

生きている限り、人生は続く。私にとって広島と長崎の被爆は、それ以前と以後の人生を断絶するほどの出来事だったが、同時に私の人生の上での通過点でしかなかった。

痛みはある。辛い記憶はある。しかし、それも通過点でしかない。惨劇は忘れられないが、人は過去に生きるわけにはいかない。人はいまにしか生きられないからだ。

あえて忘れるでもなく、しがみつくのでもなく、ただ、いまを必死に生きてきたら、それを指して人は「生命力」があるというのだ。

この本ではもちろん「太陽が地上に落ちた。街は悲鳴をあげ、身もだえするように燃えていた。炎は空を焦がし、熱風があたりをひと薙ぎするごとに草も木も、人間も、燃えた。凄まじい光景を前に息を呑んだ。再び息を継ぐと、炎の塊のよな大気の熱さに喉は痺れた。」(同著、p19)や「私は見た。人が筏となって川を流れるところを。私は知った。骸の脂の滲みた土は乾かないことを。」(同著、p25)のように、広島や長崎に原爆が落ちた当日のことも、明らかにされています。

でも「ことさら我が身の不幸を嘆くのでもなく、ただ起きた事実を後世にかたりたいと思う」(同著、p5)という方針の通り描かれていく、できうる限りのありのままは「人は自分の中で決着すべき葛藤を、他人への支配や富の独占といった違う欲望に置き換え、自分自身の心を見つめることを怠っていることが多いのだと思う」(同著、pp4-5)を、みなさんにどんどん鮮やかに炙り出してくれて、それはみなさんを圧巻で爽快な心持ちにさせてくれるのではないかと思います。

ぜひ、手に取って、読み終えられなくとも、タブーの対話に顔を出していただきたいと思っています。

Brown Bears

I did not expect to watch brown bears in Shiretoko. But unexpectedly, I saw four brown bears. And in short, it made me sad.

When I arrived at Shiretoko, I was shocked at how many brown bears lived close to humans because it meant that we would have to get rid of them. For example, there was a river near my hotel. And some people found footprints of brown bears on the riverbank. But some of the people who live in this area have less knowledge about brown bears than me. I was again shocked about that, too.

I heard that Shiretoko is known as a place where humans and brown bears coexist. So I expected that the locals were well-trained about the relationship between brown bears and humans. When I shared some knowledge about brown bears which I learned from professional guides with people in this area, they seemed to understand their sitiation.

To know about brown bears and how to co-existing with them, I think that the most powerful and easy way to understand how we should behave is to witness the face of guides who have truly come face to face with brown bears. When they remember the moment and share the story of what was going on, we can see twitches in their faces of the fears in their memories. This speaks to everything about how we can maintain dignity between us. We both need to feel fear and it maintains the dignity of each of us.

Also we need to see loveliness in them. But most impotant is having fear. Having fear creates healthy boundaries between us. And the second most important thing is that seeing loveliness helps us to know them in a healthy way without killing them violently.

バランスをとるために。

名張川のほとりに、おにゆりをたくさん見かけてうれしい朝です。おはようございます。吉野実岐子です。

「考えても、動けない」と仰る方多数ですが、それ考えてません。雑念にまみれ、妄想を膨らましているだけです。

本当に思考していれば、行動もついてきます。思考するとは、現実が変わることです。雑念や妄想に走る方は、その直前に心が乱れています。

暑さから、心は乱れやすくなります。頻繁する災害にトリガーされ「傷ついた」と思うことが、たやすくなっています。そうした乱心の状態のまま、グラグラしながら考えようとしても、雑念や妄想にまみれ、あなた自身がさらにアンバランスになるだけです。

思考の前には、しっかり心を鎮めます。そうすれば、行動まで途切れずに続き、考えれば現実が変わって行くようになります。コツはこちらでみんなで実践していきます。

ヒグマの尊厳を奪う、尊厳を失った人間達。

毎週、花火を堪能できる季節に入っています!おはようございます。吉野実岐子です。

今日は、知床でヒグマと人間が共生していくための取り組みのごく一部を、一部抜粋の形でご紹介したいと思います。知床財団が出しているポストカードから、引用します。知床では、お手洗いにも貼ってあり、ぜひ知床へ向かう機内などにもあってほしい、みなさんに目にしてほしい文章だと感じたからです。

「(前略)1997年秋、彼女は母親からはなれ独立したばかりだった。翌年の夏、彼女はたくさんの車が行きかう国立公園入口近くに姿を現すようになった。その後すぐ、とんでもない知らせが飛び込んできた。観光客が彼女にソーセージを投げ与えていたというのだ。それからの彼女は同じクマとは思えないほどすっかり変わってしまった。人や車は警戒する対象から、食べ物を連想させる対象に変わり、彼女はしつこく道路沿いに姿を見せるようになった。そのたびに見物の車列ができ、彼女はますます人に慣れていった。
我々はこれがとても危険な兆候だと感じていた。かつて北米の国立公園では、餌付けられたクマが悲惨な人身事故を起こしてきた歴史があることを知っていたからだ。我々は彼女を必死に追い払い続け、厳しくお仕置きした。人に近づくなと学習させようとしたのだ。しかし、彼女はのんびりと出歩き続けた。
翌春、ついに彼女は市街地にまで入り込むようになった。呑気に歩き回るばかりだが、人にばったり出会ったら何が起こるかわからない。そしてある朝、彼女は小学校のそばでシカの死体を食べはじめた。もはや決断の時だった。子供たちの通学が始まる前にすべてを終わらせなければならない私は近づきながら弾丸を装填した。スコープの中の彼女は、一瞬、あっ、というような表情を見せた。そして、叩きつける激しい発射音。ライフル弾の恐ろしい力。彼女はもうほとんど動くことができなかった。瞳の動きはみるみるうちに失われていった。
彼女は知床の森に生まれ、またその土に戻って行くはずだった。それは、たった1本のソーセージで狂いはじめた。(後略)」

ちなみに、しとめるのが難しいヒグマ猟ができる人は、ごくごく限られています。アイヌの人たちは、ヒグマを神(カムイ)としましたが、他にも神と名付けられたものをみると、避けるべき存在・危険な存在で、共生にはかなりの知恵や謙虚さを必要とするものが、カムイと呼ばれています。こぐまを仕留めた場合、育ててから殺す儀式を行ったことは、よく知られているでしょう。

わたしたちには、互いに越えてはいけない一線があり、その境界線をこえるものは、人間の側も動物の側も必ずその尊厳を失います。そうして「殺める」という行為が発生します。そしてそれは、エサさえあげなければいいというものではないのです。明後日に続きます。

甘味が少ないと塩分を減らせる。

夕方、オニヤンマが飛ぶ姿が勇壮で、ハグロトンボが飛ぶ姿は幽玄で、自然の偉大さに頭が下がる感覚が、とても心地よいです。おはようございます。吉野実岐子です。

全体として、味覚が鈍っている方が増えているようです。味覚が鈍っているから「とにかく辛ければいい」「アクセントになるもの(パクチーなど)があればいい」のように、なるわけです。

例えば、ひどく暑くて汗だくだった日を除き、原則として、塩分が少ない方が高血圧のリスクは下がりますが、みりんや砂糖といった甘みを減らす方が、塩やしょうゆを減らしたときに、物足りない感じを得づらくなることを、ご存知でしょうか?また、揚げたてや焼き立ての香ばしさがあれば、塩分をはじめ調味料をそこまで必要としません。もちろん、鮮度も大事です。とれたてのお魚は、お醤油なしでおいしいです。もぎたての野菜、何もつけなくても、ごちそうです。

薄口醤油の方が濃口醤油より塩分が多いことは、知られていると思いますが、豆板醤は様々な味噌や醤油より塩分が多いこと、ご存知でしょうか?全般に、味噌より醤油の方が、塩分が多いことはご存知でしょうか?野菜の味噌炒めの方が、野菜の醤油炒めより、塩分摂取量を減らせるのです。ラーメンは、みそ汁の約5倍もの塩分量を含みます。

今これを読んで、少しでも自分が刺激に走る瞬間を、その鈍さを認識できたのなら、希望があります。ぜひ、今日から健康に向かって方向転換してください。ちなみに、一見かけ離れたこんな方法でも、健康への方向転換は可能です。

とにかく肉を食べたい?

やっと入道雲を目にしました。おはようございます。吉野実岐子です。

とにかく肉を食べたいという方が、増えてきているようにお見受けします。でも、30代過ぎて20代までの生活をそのまま引きずれば、タンパク質の取りすぎで逆に治療が必要な状態にだってなります。何事も薬にも毒にもなりますが、年齢によってや季節によって、臨機応変に変えていかないと、あっという間に毒になってしまうのです。

タンパク質の取りすぎは、肝腎両方に、負担をかけます。ひどく負担のかかった状態が長く続けば、朝瞼がむくんでいたり、足の親指の付け根が痛くなったり、軽く転んだだけで骨折するといった治療が必要な状態にはいります。

特に、腎機能が低下すれば、カリウム(筋肉の収縮を調整/血圧の上昇を抑えるなど)やリン(骨や歯を形成/エネルギーを作り出す素など)が体内にたまりやすくなって、高カリウム血症(筋肉の収縮調整ができなくなり、脱力感やひどい場合は心停止など)や高リン血症(骨が弱くなり、血管の中で石灰が固まり、動脈硬化を促進)という状態にも移行します。

お食事のバランスの良さを保つには、時に人の作ったものを食べて「この食材最近食べてなかった」とハッとしたり、外食して「これはこうするとこんなに美味しくなるのか」と喜びを感じることも、一助となっていきます。幅広い経験を自分に許し、知識からではなく身体で感じたことから、選択を重ねるようにすることが、大切です。

母の大きさ。

高温ではありますが、光化学スモッグから解放され、気分爽快です。おはようございます。吉野実岐子です。

2014年頃から、京都の夏は35℃×2週間が当たり前となり、その辛さに、食生活をもう一度見直し始めました。中医学をベースにした食養生はもちろん、いわゆる栄養学も少しずつ学んでいます。学ぶほどに、母が出してくれていた食事が、いかに完璧であったかに、圧倒されるようになりました。本当に大事に育ててもらったんだなと、涙が出ました。わたしの母は毎日、夕食作りのために、最低でも3時間は費やしていたのです。だから先日、母にその御礼を伝えましたが、母はいい意味で意に介さずという感じで、母の大きさを改めて知りました。

さて、話を戻しますが、メモも兼ねてカロリーの低い順に、タンパク質のとれる肉を脂身や皮をとった状態で、並べてみると、以下だそうです。すべて100gあたりです。

鶏のささみ<豚のヒレ<鶏のむね<鶏のもも<牛ひれ<牛もも<豚もも<豚の肩

お魚は、以下です。

ヒラメ<マアジ<マグロの赤身<鯛<さんま<マグロのトロ

高温だと、ゴロゴロしながらでもできる、資料や本を読み進めることが、ぐんぐんはかどります!

異常な高温下でできる工夫。

夕方には窓を閉めていても、蜩の声が聞こえるようになりました。おはようございます。吉野実岐子です。

異常な高温下でできる工夫として、今年新たに始めたのが、除湿機能の活用です。外との気温差が小さい方がいいので、クーラーは28℃設定にしていましたが、例年していた工夫だけでは、それでは不快に感じるようになりました。

わたしは本来、極論をいえば高湿度より乾燥の方が苦手です。だから、除湿機能には見向きもしてこなかったのですが、28℃設定で不快なとき、少し除湿してみたら、心地よいことに気づきました。

さらに、光化学スモッグ続きで洗濯物を外に干せず、衣類乾燥機を使うと室温が数℃上昇するので、除湿機能を強にしてみたら、洗濯物はすべて乾いたので驚いてしまいました。

今年はさらに、牛乳とコンソメに溶けばかぼちゃスープになるかぼちゃフレークや、炊き込みご飯などの出汁に使える帆立パウダーに、戻してそのままいただけるおさしみ昆布といった、火の前に立つ時間を短縮できつつ、余計な添加物は一切入っていない物と北海道で出会うことが叶いました。

高ストレスになる気象条件が揃うときは、手をつけようとして忘れていた変えられるもの、即ちストレスを減らせる部分に、目がひらきやすくなるチャンスでもあります。

考えてるつもりで、ここまで追いつめられて、ようやく真剣に考え始めたご自身の姿に、ハッと我に返れる恵みがあります。

そして、海辺のトドのごとく、ごろごろしながらでも、読書を進めることはできる、ありがたい時期です。ごろごろしながら、なんとなく時間を塗り潰してしまうのではなく、このために使うという明確な意識を持って、過ごしてみましょうね!

心拍数

オホーツク海の名は、毛皮の集積地として栄えた都市オホーツクに由来するそうです。おはようございます。吉野実岐子です。

例えば、冬眠中のクマはエネルギー消費を最大におさえるため、体温を下げたり、心拍数を減らします。人間も身体の深い部分の体温を低下させて眠るため、眠くなると手足があたたかくなります。

一方、心拍数にはあまり気を配ったことがない方は多いと思います。睡眠不足など疲れているときは、人間もエネルギー消費を抑えようと、心拍数が下がります。

身体に繊細さを取り戻していく、つまり信じられるような感覚を得られていくためには、実感を裏付ける数値があると、支えになるでしょう。

わたしが毎日ではないにしても使っているのは、Cardiioというスマホで使えるアプリです。医療機器ではないため、誤差はあるでしょうが、カメラに指をあてると心拍数をはかってくれます。

これをもっとも測りやすい、椅子に座った状態で測っています。他者との比較でなく、あくまでも日々の自分との比較のためですから、いつもいつも寝て測らなければと、ハードルを上げる必要はありません。

ただ、安静時と座った時にどれだけ心拍数に差が出るか知っておき、その差を時々確認する必要はあります。そうすると、疲れているときには、必ず心拍数は下がることを確認でき、実感を数値で裏打ちしていけるでしょう。

もちろん、上記は健康診断等でひっかかっていない状態を前提としています。ちなみに、冬眠中のクマは水も飲まなければ、尿やふんをしなくていい機能がフル稼動することになります。すごい身体だなぁと、思います!

身体に繊細さを取り戻すことは、あなたのいのちをまもり、能力を最大限にいかす近道です。長期プロジェクトとして、あきらめず取り組み続けては、時々でも確認にいらしてくださいね!