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過度な要求、つまり要求がましい態度(demanding)が当たり前の方は、それゆえに緊張も高いでしょう。自分によって常に、過度に要求を突き付けられ続けるのですから、まんべんなく緊張できます。

要求がましいと、適度を選べません。例えば、ダンベルを選ぶのでも「僕は男なのに、500gなんてはずかしい。より重い方がいいじゃないか」と思います。日程を組むのでも「忙しい方がいいんじゃないか」と判断します。泳ぐのも「毎回水中で歩くより泳ぐ時間が長い方がいいんじゃないか」と、自分に突き付けていきます。

他人から過度に要求されるなら、まだその人の目が届かないところで息抜きができます。しかし、自分だとそれができません。だって、わたしたちは年がら年中自分です。

過度な要求こそが、欲深さです。欲望を減らしていかないとどうなるでしょうか?運動の局面なら、リカバリー不足になって、怪我して、そもそも試合に出ることすらできなくなります。仕事の局面なら、判断ミスが増えたことに気づかず、トラブルが増えることを不運と処理するようになります。人間関係なら「あなたを利用しよう」と従順であり続ける人だけ、周りに居座るようになります。

運動の例でいうなら、トレーニングを増やすのではなく、リカバリーを増やせば、十分に休んだ身体が、それまでの底力を発揮することは、よくあります。もちろん、運動に限ったことではありません。多くの方は、その要求がましさゆえにパフォーマンスが上がらす、あっちにもこっちにも問題をつくっています。身体が繊細さを取り戻し、さらに思考とのバランスがよければ、こうしたことは起こりえません。