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戦後が顕著だろうと思いますが、言葉が激しく混乱しています。

例えば英語圏、特にアメリカでは原則、丁寧な節回しは距離の遠い相手に対して使います。知らない相手だから、丁寧な表現を使うのです。つまり、丁寧な表現を使わなくて済むとは、関係が親密になったことを意味します。だから、相手が尊敬する相手であれ目上であれ、丁寧な表現を使い続けると「あなたを信頼していません」「あなたには心を開いていません」というメッセージを、暗に発することになってしまうのです。

一方、日本では初対面かどうかによって、丁寧な表現を使うか使わないかは、決まりませんでした。あくまでも、敬う相手に使うのが、丁寧な表現です。だから、親しくなっても丁寧な表現を使い続けることこそがむしろ「親しき中にも礼儀あり」でよしとされてきました。あえて言うなら、丁寧な表現を使い続けることの方が「あなたを信頼しています」「あなたに心を開いています」と言うメッセージになるのです。

今は英語と日本語が入り乱れている時代で、こうした「どういう表現がどういう時に使われるか」という文脈が、忘れられたようになっています。私自身も少し前まで、混同していました。その結果、一番喋りやすいのは、帰国子女の人でした。

改めてこの違いをきちんと認識すると、英語で呼び捨てはOKでも、日本語で呼び捨てにされたり、「みきさんと呼んでください」と伝えたのに、フランクな関係を求めてか確認もせずある日突然「みきちゃん」と呼ばれ始める際の不快感を、やっとクリアに説明できると感じます。

言語が苦手な人ほど、コンプレックスからバイリンガルやトライリンガルに憧れるようです。しかし私自身は、改めて、ひとつの言葉をきちんと学び固める大切さをかみしめています。