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さびしさは、多くの方が何かいいものとして評価している思いの1つです。さみしがり屋だとかわいいとか、さびしさがあったから出会えたんだとか、何かと正当化されます。

さびしさの語源を知っていますか? さぶ(荒ぶ)から始まっているのです。

つまり、さびしいとは、あるはずだと心が思うものがなくて、心が荒れている状態なのです。

例えば、認知症になって、既に亡くなった人を求めて、さびしいと言う人の姿は、客観的に見てそうなのだとわかりやすいでしょうか? 好きなアーティストが引退することになってさびしいのも、同じです。転職したりして、嫌だったはずのあの人がいないことに、さびしさを覚える人もいます。その人にものすごく気持ちを向けていたんでしょう。

ここまで見てくると、さびしさというものの中身の曖昧さと脆さが、皆さんの目にも映ってきたでしょうか? そう、さびしさもまた、心身に負担をかける欲望なのです。

さびしいと孤独だと、みなさんおっしゃいます。しかし、孤独にこそ(孤立ではない)、自分の色合いが出るものではないでしょうか? みなさんが好きな自分らしさやオリジナリティーは、そこからスタートするのではないでしょうか?