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みなさん、痕跡を残すのがお好きなようです。銅像/名前を刻んだ碑/神社でまつってしまった死者/人の名が付いた道路/いたずら書きなど、道徳的な観点を抜きにして羅列すると、様々にあります。

大切なのは、なぜその痕跡を残すのか、です。後に続く人類の道しるべとなるように、必要なところにだけ残すのか、亡くなった後も思い出してもらいたいという欲望からなのか、あるはずのものを埋めるための心の荒み(欲望)からなのか、動機は目に見えませんが、その動機が後世に目に見えないまま影響する力は大きく、あやまちは改めていく必要があります。

他にも痕跡はあります。二酸化炭素が増えて、空気中の大気組成は変化しました。深刻な海洋汚染を引き起こしていることが明白なプラスチックや、消えるのに天文学的な年数を必要とする放射性物質などは、すべて痕跡です。

産業革命後、さらには第二次世界大戦後に加速度的に増えたことは、誰もが実は知っていることです。地質学などでは、「人間の活動が小惑星衝突や火山の大噴火に匹敵するような恒久的な痕跡」を残していると指摘されています。

こうした恒久的な痕跡が残るものは、日々のニュースやお買い物・日常会話のレベルでは「人間の進歩」として、多かれ少なかれ片づけられてきたものです。後に続く人類の道しるべとなる類の痕跡には、到底見えませんが、こんな風に地球を穢し汚すことを続ける態度を、わたしたちは今すぐに改める必要があります。IPCCが検討するような温暖化抑制のために、硫酸エーロゾルを散布するような方法は、蚊の多い地域に遺伝子組み換えした蚊を放つようなもので、決して解決策にはならない、大筋から逸れた発想ではないでしょうか?こうした操作はソリューションでなく、単なる責任転嫁に過ぎません。

清さを見失った「優秀な」人間たちは、脳内だけで正しいことをしようとしては、地球にとってむしろ迷惑なことばかり思いつく存在になり果てたことにも、気づけない「優秀さ」をお持ちなようです。もちろん、無意識に人間社会というシステムを持続させる行動しかとれないのが「優秀」であるのは、言うまでもないことです。「優秀」は、そう設計されていますからね。