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昨日の続きです。あのとき、無責任だった大人が誰なのか、簡単に知ることができます。それは、あなたが庇っている人です。

庇うというと、愛情だと認識している人もいるかもしれません。しかし、身代わりになるというのは、犯罪に一歩近づくこと以外、何も意味しません。精神鑑定で引っかからなかった方という条件付きですが、犯罪の動機には、しばしば身代わりになるという、優しさや思いやりや愛情だと思われているものが、歴然と存在します。

身代わりになろうと思う前には、無力感があります。「こんな自分でも役に立つ」「せめてこれで喜んでくれるなら」そんな風にして「自分をちょっとだけ売る」態度に、皆さんは尊厳や誇りを感じるでしょうか?「気持ちの良い対応だなぁ」と、見ていて伸び伸びするでしょうか?

あなたが今でも最終的にはうっすらとかばってしまう相手は、今でもあなたに犠牲を痛みを強いてくるはずです。うすら笑いを浮かべながら、あなたの後ろに立つべきなのに、壁のように前に迫ってきて「おまえが犠牲になるのが当たり前だ。いつもそうしてきたんだから」と、黒い気をまき散らすでしょう。

あなたの一部が家の一部であるかのように、あなたは家にはさまって、ずっともう表しえぬほどの苦しみを味わってきたのに、あなたがかつて庇った大人は、あなたの上であぐらをかこうと、ただあなたを利用しようとしているのです。

さぁ、あなたは誰を庇っていますか?まだ、いたたまれなさという罪悪感に誘われて「ちょっとだけだから」「かわいそうだから」と、自分を売りますか?