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街が、職場が、みなさんの部屋が、小学校でいうところの「図書室」のようになっていると思いませんか?

小学校の図書室は、本がぎっしりあって、刺激的だったろうと思います。マナーとしてそう諭されずとも、座ったりして体を固定したり縮めて読むほかないような、本という物の方が主体の空間でした。かくれんぼはできるけど、大縄跳びはできないような空間です。

だいぶ前から、街もそうなっていて、刺激がぎっしりで、座りはしなくても、身体を捻りながら通りすぎたり、足早に歩くような縮こまり方をしたりして、やはり物が主体になっています。堂々と遊ぶというより、隠れる場所がたくさんあります。

小学校で、図書室とは逆に刺激が少なくて、身体をのびのび自由に動かせた部屋はどこだったでしょうか? 体育館だったのではないかと思います。

体育館は物でぎっしりということはなく、ただ空間が広がっています。だから、全校集会をしたり学芸会をしたり運動したりお化け屋敷をしたり、人間の方が工夫して、いろいろなものを生み出すことができました。人間が主体になることができました。

部屋や職場も同じです。図書室化してしまうと、身体は縮まり捻られ、ものが主体になっていきます。刺激だらけなので、傷つきます。まして、刺激の多い街や職場から帰ってきて、さらに刺激に満ちているのですから、もうわたしたち傷だらけです。

だから、部屋や職場は体育館化を目指しましょう。身体が自由にのびのびして、人間が主体で、自然といろんな工夫が生まれる空間です。そういう空間でないと、心の傷が癒えることはありません。