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みなさんが、何かや誰かを強く嫌う/憎むとき、後ろを向いていることは、みなさんもお解りになると思います。例えば、別れた元パートナーや仕事仲間や親友だった人を強く嫌う/憎むというのは、かなりのエネルギーを後ろに向けていくということです。

本当に嫌いなら、そしてその関係性を過去のものにできるなら、憎んだりしてエネルギーを漏洩させないで、その分、意気揚々と前に進んでいけばいいわけです。でも、そうしないのは、なぜでしょうか?

それは、みなさんがその相手や対象との関係を、純粋な恋人/結婚/仕事/友情といった関係にしないで、内なる葛藤を解決するために、その関係を利用したからです。自分に所属する内なる葛藤を、関係の中に持ち込んで、無理やりその関係に所属させようとしたのです。まるで「あなた、明日からここの子ね」というみたいに。

例えば、家を出たいから、結婚してそれをかなえようとします。例えば、外見に自信がないから、うつくしい外見の人とつきあいます。例えば、自分には価値がないと思うから、世間体のいい会社に入ります。こんな感じで、きわめて多くの方がなさっていることです。そうやって、自分の内なる葛藤を里子にだして、放置して、その世話を合意を形成せぬまま、他人との共同作業にしてしまうのです。この関係を「依存」と呼びます。

依存関係にあると、会社が嫌なのになかなかやめられず「でも、この会社にはやっぱり私が必要だから」と書いた辞表を破り捨てたり「もっと惨めになる」と思うから、なかなか別れられなかったりして、段々「自分はダメかも」という思いが膨らんでいきます。対象が何であれ誰であれ、依存関係を維持するからこそ、そうやって、どんどん自分で自分を軽蔑するようになります。そうすると、毎日は明るさを失い「こんなに頑張っているのに」「こんなにやったのに」など「こんなに〇〇のに」のフレーズばっかり出てくる、恨みがましい人になっていきます。そして、恨みがましさから、周りをいかに自分に都合よく操作するかへ、フォーカスポイントが移り変わっていくのです。

この「無許可で、しれーっと自分の内なる葛藤を里子にだす」行為自体が、相手からすると攻撃になります。朝起きたら、急に「わたしたちでこれ面倒見ることになっているから」という状況が広がっていて、そういわれもしない状態だからです。そうして、相手がその期待に応えないと、恨みがましくなっていくことも攻撃です。随分多くの方が、自分のセルフイメージを盾にしながら、実像としてはこうしたことをなさっています。で、今日から止められますが、どうしましょう?