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自分への執着が強いと、自分に執着してくる人を見て「信頼された」と勘違いします。精神的に極めて未熟で、徹底的に自分中心だと、自分への執着が強く、すぐ大騒ぎし、とにかく色々な困難に耐えられません。通常であれば恋愛を通して、自分への執着から抜けていくわけですが、付き合っていても結婚していても、実際には恋愛はしていなかったのです。

「ちょっと意味がわからない」と思ったでしょうか?よくある恋愛についての勘違いは、恋が実る=付き合う/結婚ですが、付き合うや結婚という形だけなら、利害の一致だけで十分到達します。男女の関係に見えて、その実、ケアする人/される人がセックスもしているという組み合わせに過ぎない、つまり親密さはそこに生まれていないことは、よくあります。性欲+孤独感だけで、相手に身体をあずけてしまえるのは、かなり自己評価が低い状態ですが、実際にはそういう段階の方がごまんといらっしゃいます。

その途中の「恋している」感じは、恋愛風だっただけで、恋愛ではありません。恋愛風の中身は、自分の欲望/幼児性/ナルシズムを満足させてくれた相手に気持ちよくなるという、不健全な癒しです。

実際に恋愛をするということは、そこに新しく親密な関係をつくれたということで、互いに夢中で欲求不満を解消しあうこととは、次元が違います。後者は、そこに親密さが存在せず、ただ利害が一致し、利用しあっただけだからです。自分への執着が強い者同士が、互いをむさぼりあっても、心は閉ざされたままなので、そこに親密さが生まれるわけないのです。愛情があったなら、心は自然とひらき、親密さが育くまれて、新しい関係がたちあがっていったのです。

執着と信頼の違いが判らない段階にいらっしゃる方がよくすることは、自分の贈ったプレゼントを相手がどう使うか/どう気にいったかを、ひどく心配したり口をはさむことです。あるいは、唐突に自分の気に入っているものを相手に送りつけ、相手が困惑するだろうという発想も持てません。それは、あくまでも「自分を良く思ってもらう」ためのプレゼントで、相手を信頼しているわけでもなく、自分への執着から送るという行動に出ただけだからです。

この状態にいらっしゃることに、全く気付かない方は、人間関係でいつも何か問題を抱えます。どこに行っても不満だし、トラブルが起きることを「自分が好かれないのだ。自分を変えなきゃ」と発想するわけですが、実際にすることは「相手を変えようと媚を売る」「状況に耐える」といった「自分を変えない」ことであって、延々不満を抱えては、だんだんと病の領域に両足が入っていきます。

内なる葛藤は、他者との関係(会社との関係/お金との関係も含む)に持ち込まず、自分の中できちんと普段から見つめていかないと、相手や場所を変えながら、いずれ後戻りできないほどにあなたの人生を狂わせます。脅しではなく、予測しうる事実ベースのきわめて現実的な話です。